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JIAMUSI 4

10月14日
7時起床。8時15分出発。
ジャムスで1番大きな大学学院に行く。この大学は800,000平米あるという巨大なキャンパスを持つ。大きいといっても限度がある、一つの街だ。。今回はライブをやる会場のホールが急遽、政府関係案件で使えなくなり図書館の中のホールに変更になったと昨日聞かされた。演出をどうするかと考える間もなく今日になる。まあ、ついてから考えよう。その場にある環境でチャレンジしたい。到着するといわゆる小ホール的な会場で照明などは期待できなかった。代わりにマイクは全部ワイヤレスでヘッドセットもみなワイヤレス。マイク環境だけは完璧だがアンプがない。ここはラインで切り抜けるしかない。

音響も照明も限られているので今日の演奏の趣旨をライブというよりも交流を中心にしようとして考えなおす。そこについたなら臨機応変にやるのがGYPSYQUEENだ。リハとはいえないサウンドチェックのみを行っていると出発時間が近づきせかされる。ささっとリハーサル終えて10時。「すぐに出ます!」とダッシュで会場出て、市庁舎へ向かう。今日は市長との会談だ。大学があるところから5分位で市庁舎に到着。ここは非常に巨大で、デザインも重厚で素晴らしい建物である。

エントランスからエレベーターホールまでの吹き抜けの空間が素晴らしい。6階の会議室に向かうと市長が出迎えてくれる。今日はせっかくの会談だし、昨日ご馳走になったこと、お酒が人と人をつなぐことを中国語で喋ろうとしていた。そして、会議始まり市長のスピーチを聞く。内容は幅広く日中関係の全方位に向かった非常に素晴らしいお話だった。

 

そして私の番だが、その流れと雰囲気からさすがにここで飲み会の話を出すのも、日本人として質を落としてしまいそうな雰囲気だったし特に市長の取り巻きの市の職員の皆さんの前で朝1030からあまり砕けすぎるのもので何だし、テレビカメラも入っているので、チキンな私は普通に日本語でご挨拶。日中関係の良好なことと民間交流の大切さを説いて来年の協力の要請を伝える。そして、青柳さんからの親書を代読し、市長に渡して無事会談も終えた。市長との談話で来年のチャイナフェスティバルの参加はもちろんの事、ジャムスでの日本祭の開催について合意が取れた。これは非常に大きな決定事項だ。

ミッションは完了したと言ってよい。しかし、これからいろいろ準備をはじめなければ、ここからがスタートなのだ。記念写真を撮り、そのまま大学に向かう。大学の食堂で昼食をとるということで行ってみたらそこには学長、副学長が待っていてかなり豪華な昼食会の様相となる。豪華な食事だけではない、そこに白酒がたくさんあったので危険だと思っていたがやはり、干さんがふたを開けてしまい、白酒乾杯の嵐ははじまった。まだ昼間なのに。そしてライブがあるのに。といいたいところだが、ノーと言わない私は全て受けてたつ。「少し飲んだほうがエンジンがかかります」と笑顔で言われるが白酒の乾杯の嵐ではオーバーヒートしちゃうよ。それにしてもなんてみんな強いんだ。僕はあっという間に酔う。でも負けない。ステージが終わるまでは酔わない。

 

そして2時過ぎ会場に向かいリハーサルとスタンバイ。たしかに飲んだ分勢いがある。リハーサルだが。そして控室にいき、眠気と戦いコンディションを整え3時から本番となる。会場は全員学生で埋まり最前列にはお昼に白酒の酌み交わした面々がいるが最初から少し眠そうな方もいる。それはそうだ。かなり飲んでいる。この日はいつもとの構成を変えてロックの曲を減らしてその分交流タイムを長めにとった。全員中国人学生なのでターゲットは捉えやすい。全部中国語でやらねばいけないのだが、その辺は問題ない。1時間のステージだがあっという間に終えることができた。ここでもジャムス音頭では大学の学生に参加してもらって実施。みな音楽やダンスを勉強しているという事だけあって踊りは完璧だ。もっと難しくてもいいという感じ。でも、観客を見ていると、このくらいのダンスが一番楽しいと思う。一緒に踊るということがこの曲のミッションとすれば正解だ。

僕らのステージの後民族衣装を着たダンサーがステージにあがり最後はみんなで記念撮影。みんなお疲れ様!今日はあと一本で終了だ。荷物を片付け、1階のホールに降りて待っていると学生たちがゾロゾロ帰っていく。みんな笑顔で声をかけてくれることがうれしい。こういうのが日本のイメージを良くしていくんだなと手前みそながら思う。楽器をバスに於いてから、別棟にある民族文化の展示教室に案内される。白酒が聞いてきていい感じに眠いがもうひと頑張りだ。

そこは少数民族の歴史などを展示した部屋で、魚の皮で作った服とか謎の動物の帽子とかいろいろなものを見せてもらった。その街のことを勉強することは大切だ。ステージのネタにも使えるしね。結構ここで時間を費やし、夕食に向かおうとする一行。でもなんとか衣装は着替えたかったし、できればシャワーも浴びたかった。が、ここもすでに時間が遅れているということでなんとかホテルに寄る事だけが許され、衣装を着替えただけで出発する。

到着した所は火鍋の店なのだが、おそらく僕が今まで行った中国の火鍋店の中でももっとも豪華な店だった。超高級中華料理店の様相の火鍋屋。凄い。ここにも関係者みんなが付き合ってくれる。干主任の横に座らせてもらいいろいろ話をする。本当にずっと付き添って頂いてありがとうと感謝の言葉を伝えると「楽しい人とはいつでも一緒にいたいし、だからこうして一緒に食事をすることが自分もとても楽しい。そして一緒に楽しいお酒を飲む。それが1番だ」という。

そういわれて非常にうれしかった。これって日本人が忘れていること。日本人は相手のことを気遣って、ゆっくりしたいんじゃないか、個別の方が楽なんじゃないかと思うところがある。相手が日本人ならそれでいいが中国は違う。中国の場合はどっぷりどっぷりずっと一緒にいる。そしてそれがお互いのことを理解することにつながるのだ。超豪華なしゃぶしゃぶにワイン。どこまでも堪能したいところだが、今日もステージがあと一本ある。名残惜しいがここでみなさんとはお別れである。

 

みんなで最後にとった写真が心からの笑顔で溢れていた。そうだ、大切な仲間が出来たんだ。外に出ると雨が降っている、珍しいね。バスで1900ホテルに戻り、衣装に着替えて1930今日最後のライブ会場文化宮に向かう。ツアーケースが重くて持っていくのも限界で、そのままベースを抱えて会場に向かう。ストリートでやりますか?位の勢いだ。

 

入口のスタッフや楽屋のスタッフとも打ち解けているのでまるで自分の小屋で演奏するような気分。基本的な流れは昨日と同じでメンバー紹介と曲2曲を織り交ぜて演奏する。目まぐるしく豪華な照明の会場にはまた来たいと思える場所。きっと来年も来れるだろう。その時はまたこの舞台でテンションの高い司会者とかなり怖いスタッフと一緒に打ち解けてステージをやれるのだろうと思う。

 

2040終了。今回のステージはこれで終了だ。荷物を片付けて会場を出るときに会場半ばの入り口から客席を通過して帰るのだが、ステージの演者が「また中国に来てね。ジプシークィーン!」と叫んでくれた。お客さんたちも拍手と笑顔で見送ってくれる。なんだ!みんな怖くないじゃないか。いろいろなこわもての出演者や全身刺青のスタッフに囲まれて、どたばたな準備にあおられて、あっという間の二日間だが、ものすごくいい経験ができたと思う。また彼らとともにステージにたちたいよ。そんな交流ができたこと、それが嬉しい。多少くたくたモードでホテルに戻る。

「みんな疲れているでしょう。マッサージ行きましょう」とひときわ元気な笹川さん。いつもこのポジティブパワーに励まされているし、経営者ならではの強さを見せつけられる。絶対本人も疲れているはずなのにそういう顔を一切見せない完璧な人だ。荷物を置いてマッサージに向かう。ジャムスは夜が早くお店はほとんどしまっている。なんとか周吉に店を探してもらって出発。外は雨が降っているが寒さはそれほどでもない。ジャケットだけだとちょっと寒い位だ。マッサージで1時間。ほとんど寝てしまったが疲れた体にはちょうど良かった。帰りの時には市内はとても静かになっていて車の量も少なかった。夜が早いんだね。マッサージを終えて帰る10時半にはほとんどの店が閉まっていた。

 

その後部屋で恒例の反省会。今回も怒涛のスケジュールだったが新しく知ることもできた、新しく友達も増えた、今までもそうでこの繰り返しをずっと続けてきた。継続することの大切さは僕が1番よくわかっている。話しは尽きないが、明日も早いので1時半に部屋に戻って荷造り。途中で断念して就寝。

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