
BP International Houseの最上階25F。窓を開けると香港の町並と晴れ上がった空が窓から開けてくる。Ireneの手配のよさもあってかVIP待遇のような部屋。でも難点がひとつ。この部屋は思いっきりエレベーターから遠いのだ。特に朝のエレベーターラッシュはまるで昼やすみの日本のビジネス街のエレベーターが如く供給不足である。下手したら10分は待たされるのだ。これを頭の中に入れておかないと集合時間に遅れてしまったりするので要注意だ。 ぼくらはコンサートツアーにきているので音楽以外の欲求はきわめてシンプルだ。危険のないものを食べられて、熟睡できる場所があればOKなのだ。まあ、この中国ではその環境を求めること自体がある種、贅沢とも言えるかもしれないが、一般的に「金のかからない」バンドなのだ。準備を済ませ、一瞬の隙に睡眠。目覚ましを20分後に合わせてベッドに入る。この20分の時間がたまらなく究極至極の時間。エネルギー急速充電の時なのだ。目覚ましがなり、ちょっとだけすっきりした頭で準備を始める。18:00にロビーに集合。ここから香港島に渡るためチムサーチョイから地下鉄に乗る。みんなスムーズにきっぷを買い迷路のような地下通路を歩く。戸惑うこともなくセントラルで下車して会場のあるエリアに向かう。 つい一ヶ月前にきているのだからあたりまえだが、これくらい動けるなら全員ガイドになれると思う。会場付近は欧米人が中心の繁華街で日本で言うと深夜の六本木状態である。そんな騒がしい街中にある会員制のクラブKEEが今日の2軒目の会場である。ここでリハーサルとなるのだが、まだ店のオーナーが来ていなかった。もちろん、予定時間は過ぎている。少々疲れの見えるメンバーはとりあえず目の前にある軽食屋に入った。マクドナルドと定食屋をセットにしたような店内。超おおもりの食べ物にあっとうされながらアイスコーヒーをのむ。これは久しぶりだ。 この冬にこんなにおいしいアイスコーヒーに味わえるのは香港ならではだろう。だって、気温だって20度近くあるのだからこれは冬ではない。香港にきてからさまざまな変更があったのでミーティングを行った。まず、英語の曲を入れてほしいということ。白人中心のお客さんには英語の曲が受けるということだった。うーん、何やろうか?臨機応変な対応は音楽をやる上で必須だ。用意したものしかできない発表会ではあるまい。「できる?」といわれてにっこりと「もちろん」というのが当然なのだ。結局、なんとなく知っているということでPretty womanとムーディなということでwonderful tonightの二曲をやることにした。構成を確認する。もちろん、路上で楽器もなく。それでもできることがこの突発的中国進出バンドの本領発揮なのだ。確認したいことは山ほどある。ようやく会場が開いたという知らせを受け、KEEに向かった。 さっそくセッティングをはじめるがBass AMPがない。「どうして?」「ないからPAに直結で頼む」「。。。ま、いいか音出ればいいしね」そうやって自分に納得させるもう一人の自分を発見。サウンドチェックも手馴れたものでスムーズに終了。そこで主催者から「さっきの「好心分手」は今日やらないほうがいいわ。あれって別れの歌だから今日はバレンタインだしあわないのよ」 「ぐぅぇ!」かえるを押しつぶしたような声。だって、今回のツアーのために広東語を覚え、広東語の曲をやろうと思っていたのに。そんな言葉があと少しで吐き出た。でも、言わなかった。言える立場じゃない。だいたい僕らの作った曲ではない。ま、残念だけれどほかの曲で盛り上がろう。しのんごめん!と思い彼女の顔を見るとやはり捨てられた犬のようにこっちを見ていた。 「好心分手」やらないの?「また今度の時にやればいいさ」「いつ?」「まあ、そのうちだよ没問題、没問題」さすがにかわいそうだったが、それ以上何もできないので納得してもらう。結局香港入りした時に考えたもの何一つ使えず、Puffin musicのスタッフに意見を聞きつつ、構成をした。 おおよそチェックは終わり次の会場に移動だ。場所はこれもセントラルからすぐ近く。巨大なディスコといった感じだ。またもや入り口で待たされ、さっきとおなじ料理店で夕食。さっきみた巨大なランチプレートが中身を変えてメンバーを襲う。でも感触。中国大陸にあわせ胃も大きくなっていると思う。20:30Ireneの携帯がなった。すでに準備はできているという。僕らのリハ待ちになっているそうだ。慌てて会場へ。到着するとかなり大きなステージと客席が目に入る。ディスコといってもライブハウスと一緒にしたようなところで天井も高ければなにやら怪しい感じの漂うクラブである。このQUEENSというところが今日の会場で、ちょうどバレンタインのイベントに合わせて数組のバンドが出演することになっているそうだ。この場所をIreneがきっと急遽ながら押さえてくれたのだろうと思うと、頭が下がる。会場の一番奥のVIPルームに通されここが僕らの控え室になるという。 全てにおいてきっちり手配されているIreneの仕事はとても心地よい。リハをはじめると地元の香港のバンドたちが僕らを珍しそうに眺めている。でも、音を出し始めた瞬間声援を送り出してくれた。そう、音楽は人と人とこんなにも簡単にまとめてしまうマジックであるのだ。欲求不満のメンバーはまさに炸裂。リハから炸裂状態である。なんの問題もない、なんのオーダーもない。どんな環境でもできる。音を出させてくれる場所さえあれば僕らは何でもできる。それを確信したメンバーだった。 リハも終わり、会場を待つ。その頃、先日香港であったHIROさんとKANAさんがきてくれた。数度の会場変更にもかかわらず良く来てくれたと思ってびっくりした。当然だが広東語がうまい、当然だがMartinをはじめみんなとコミュニケーションがとれている。そんな時、僕は少し悲しくなる。僕にはできないこのコミュニケーション。とりたいのにできない。ちょっとだけの英語とさらにちょっとだけの北京語。観光客程度の広東語。そんなんでいいのか。つまんないよ。それじゃ。君はそんなに内弁慶かい?自分に問いかける。悔しさが次につながればいいだろう。でも、次は必ず来るものではないのだから、今で勝負していきたいとおもう。反省。なんとなく人も集まりだし、写真をとったりとられたり、CDにサインをしていたりするといよいよ始まった。 香港の元気なロックバンドだ。みんなジャンプしている。音もかなりハード。うーん、そうか香港の音楽ってこんなにハードだったのね。スローなポップスばかりとおもっていたが、やはり若者達にはロックが良いのだろう。今回はある程度そんな展開を予測してロックナンバーをあつめた。今回のツアーで唯一予測が当たったといってもいい。まずは一安心だ。店のスタッフが出番をつげに来る。「次の曲で終わりです」よし、気合を入れよう!広州の思いをこのステージにぶつけよう!ステージにあがるといつものようにすぐにスタートカウントダウン用につくった「without you」。いきなり客席も盛り上がる。簡単明快なロックナンバーはやっていてもたのしい。ステージはあっというまだ。今回のツアーの最新の新曲SIQとCassiniをつないでステージは終わる。うれしかったのは初めて公開する曲なのにお客さんたちがCassiniのフリをまねしてくれた。一番聞いただけなのに。すごい!そしてうれしいよね。覚えてもらえるのって。 SIQも反応がよかった。この曲はヨルダンにある、宮殿につながる岩に囲まれた回廊がテーマだ。その先に何があるかわからない。だけれど何かを信じて突き進む先には秘宝に包まれた幻の宮殿がある。この険しくつらい道を歩いていくにはその期待 だけではつらすぎる。誰もが避けて通りそうな道に光はある。そんな歌詞の曲。今のGYPSYQUEENの環境にふさわしいと思ったので、今回のツアーに間に合うように仕上げたものだ。 そうして、ライブは終わった。ステージを降りるとお客さんたちが声をかけてくれる。中国大陸と違うのは英語でみんな話しかけてくるということくらいだ。控え室に戻るとIreneがむかえてくれた。「すごいー」笑顔から飛び出たこの言葉で本当にほっとした。Ireneが喜んでくれている。本来、関係ないのに僕らのために習慣の違う中国のプロモーターとの橋渡しをしてくれて、儲かりもしないのに、ライブをブッキングしてくれた彼女に喜んでもらえることが最高の幸せだ。「よし!次にいこう!」衣装を着替えて僕らは会場を後にする。出口ではみんなが絶賛してくれる。あっという間の短いステージだったが、確実に香港の若者に受け入れられた。よかった。香港BABYは最高だ! QUEENSをでて、交差点を声坂道を登りケンタッキーフライドチキンのある二本目の角を右に折れる。そこがKeeの場所である。勢い余った僕らのテンションとはちょっと(かなり?)ことなる落ち着いた雰囲気。高級であるといわんばかりの調度品。リハーサルの時には気がつかなかったが、そこにいるお客さんをみればここがいかに香港の中でも高い店かということがわかる。ここでも出演の時間は迫っている。正確に言えばもう過ぎている。時間は23:00を回っていた。僕らセッティングをして、一度控え室に戻ってすぐにショウを始めなければいけなかった。まだ、乾かない衣装に袖を通す。とっても短い広州と香港の旅のステージもこれで最後。やり残さないように集中して望もう。 ステージに上がるとかなり盛り上がっているお客さんのグループがいた。こういう店で演奏するのは慣れているわけではない。だけれどきっと少しでもたくさんのステージをとIreneがいろいろあたってくれた結果であろう。どんなときにも人に伝えられる場を与えてもらいことは尊い。感謝の気持ちで音場も安定しないステージに立つ。リハーサルでやった英語の曲はある程度受けた。こんなぶっつけ本番的ななりゆきでよくできたとはおもうが、完成度を考えると課題は山ほどある。いつでもなんにでも答えられるようがんばりたい。できなくてやれない、とできるけれどやらない、にはとても大きな差がある。プライドという大きな楔で分けられているのだ。しのんの広東語のMCは理解され、場も盛り上がった。ライブステージの勢いではないので大量に汗を各ステージではなかったが、香港での音楽のひとつの形を感じることができたのはとてもプラスになったと思う。 ステージを終えお店の差し入れのビールで乾杯。終わった!3日間に凝縮した広州ツアーが終わった。いろいろなことが本当にありすぎて、また、すこしばかりなれた気になっていた自分たちにおもいっきりパンチをかましてくれた今回のツアー。これくらいがちょうどいい。過保護な日本の教育では世界に太刀打ちできないっていつもおもっている。それはまず自分達にもいわなければならない。僕らは会場をあとにしてホテルに戻る。機材はまたもやMartinが車で運んでくれる。 前回もそうだがMartinには感謝の言葉を並べても並べても届かないほどの力を借りた。僕らの行動をもっとも密着していたのはMartinだ。時にはガイドに、時には広東語の老師に、時にはスタッフに。そして、何一ついやな顔やつらい顔をせず、フフフーンと快調に駆け回る。本当にいい朋友をもてた。このすばらしい仲間を紹介してくれたwingに感謝!今日も長い一日だった。ホテルに機材を下ろした僕らはIrene、Martin、みんちゃんと一緒に食事にいく。といってももう深夜1:30。みんな辛いと思うのに最後だから付き合ってくれるのだ。嬉しさを超えて自分にできるか自信をなくしてしまうほどの彼らの無償の愛に心引きちぎれる。夜中にもかかわらずどんどんでてくる中華料理を拡張した胃に流し込み、今回起きたいろいろな話で盛り上がる。それも、妙に明るいんだ。自虐的?済んだことは笑い話さ。 今回は本当に人間の本性と真価が問われた旅だと思う。そしてはぼくらにも中国側にも、香港側にもだ。それでも困難な道に最短距離でクリアするロードをみんなで敷くことができた。綱渡りのような、一歩間違えば大惨事、ののしりあいに発展しそうな事でも、全員の気持ちとバランスでクリアできた。これが国を超えた人たちの心の中でできたことが嬉しい。 数千キロ離れた所にもお互いを気遣うことができる朋友が存在する事。きっと、町を歩く僕らを区別することはできないだろう。誰が日本人で誰が中国人でなんていう事はわからない。そんな事がたまらなく嬉しい。深夜3:30。楽しかった宴も終わる。明日も空港までついてきてくれるという。そこまでしてくれなくてもいいよ!疲れているじゃん!と思う僕らを振り切り「あしたーねー」と帰っていくIrene。謝謝!今回は甘えさせてもらいます。部屋に戻り最後の反省会を終え就寝。香港の長い一日は終わった。 2003/02/16 12:00am。ロビー集合。3日間というのは本当に短い。そして、その間に今回もたくさんの出来事が詰め込まれていた。迎えに来てくれたIreneとMartinと一緒に空港へ向かう。途中、Martinは今回僕らが好きになったBeyondの曲をカーステレオで何気なく流してくれていた。やさしい男だ。香港空港に到着し、スムーズに手続きが進む。いよいよお別れだ。思えば香港入りしたのは昨日の午後。まだ、24時間も経っていない。そして、さよなら。忙しすぎる僕らのスケジュールもそれはそれで心地よい。「Irene!Martin!下次在来!(またくるよ)」またもや涙ぐむしのん。いったい、いつになったら笑顔で分かれられる日が来ることだろう。いや、永遠に無理だな。名残り惜しくも僕らは搭乗ゲートに向かう。再会をきつく約束して。 3:10pm発JALに搭乗。Martinの友人の計らいでメンバー全員がまとまった席に座ることができた。それでも帰国の道はしんみりとしている。それにしても疲れた。急に睡魔に襲われる。さあ、時計を日本時間に戻そう。少し眠ればもう日本だ。8:30pm。搭乗機は成田にタッチダウン。帰ってきた。ほんの一瞬の事のような広州、香港ツアーは終わった。今までで最高に短くまた最高にいろいろな人の気持ちに触れたツアー。この奇妙な第六幕はここで閉じることにしよう。 大変すぎた旅も大きなトラブルもなく、諍いもなく終わった。よくそれで済んだと思う。GYPSYQUEENのメンバーはちょっとおかしいぞ。普通の日本人ならもう少しパニックになったり愚痴を言うもんだ。もう半分中国の血が混じっている気がする。文化という血流が脈々と流れ始めた。羽ばたけない翼でも飛べる事を知った。彼らと力を合わせてその大きな翼をもっと広げていこう。 アジア人として生きることに誇りを持ったように少しだけ僕らはこの旅で強くなった。 再見! Thank you for your everything! Wings 2003/2/13-16 関連項目 ファンキー末吉さんのレポートに登場 http://backno.mag2.com/reader/Back?id=0000017916 香港のメディアにwingのコンサートとGYPSYQUEENについての記述 http://www.takungpao.com.hk/news/2003-2-20/UL-105920.htm |