I Wanna be born in china
2002/01/27-2002/02/03 珠海〜上海


7.ステージへ

そうしてようやくようやくステージに向かう時間になった。
ここで富昭さんから、またもや変更事項を聞く。
「フィリピンのバンドが出場しなくなりました、なのであなた達の出番ははやまったよ」
「えっ」フィリピンバンドといってもすぐには思い浮かばなかったが、そういえばそんな感じの人たちはいた。
覚えているのはやたらテンションが高かったかもしれない。
でも、昨日からあまりみなくなったなぁ。
詳しく聞くと多分リハの時間に会場に待機していなくてどこかに行っていたのだろう。
そのなかで今日の2:00pmからのリハがあった。
どうやら、そのリハーサルに欠席もしくは遅刻したらしい。
いや、この雰囲気は欠席、業界用語で「ふけた」ってことだろう。
それもむりはない、あれだけ待たされれば普通バンドメンバーは嫌になってしまい
「気晴らしに遊びに行こうぜ!」ともなるだろう。
しかし、それは間違いであった。少なくとも僕らはそうしなかった。
そのあと彼らがどうしたかは分からない。
結果として出場はできず、また不思議とホテルにもいなかった。
「絶対は絶対」うん。気に入った。それでこそ中国だ。まとまれば強い。
これも一つの完成された考え方なのだ。

妙に感心した僕はなぜか嬉しくなった。

「よし、ここまで筋の通っている人たちならついていけるよ」。
いい、悪いが明確になった指導者は強いものだ。ずるい人を容認する指導者にはついていけない。
僕はその姿勢に感服した。
そしていよいよゲネプロに入る。
スタンバイ時間は近づく。
フィリピンバンドのこともあり常に早く挨拶はきっちりと。のGYPSY QUEENはいつも最初にスタンバイした。
その間にも変わる、変わる。
6:00pmのスタンバイは7:00pmに変わり、結局6:30pmに。刻一刻変わるスケジュール根拠も無く、
ただ「そのほうがいいだろう」というステージ前方のプロデューサ席で合議にてかわる。

たとえれば僕らはコマだ。それもいやではない。
重要なコマとなってこのゲームの乗り切ってやる。
プロデューサーの心意気が伝わり気持ちは一つになってきたと思う。
そして、少しづつ日は落ちてきてライトに明かりが灯る。
まるで昼間のような大光量だ。
そういえば久しぶりに中国人の前に立ってのステージ。
約半年振りだ。緊張はない。幸い3日間音を出していないのでうずうずしている自分がわかる。
メンバーも音に飢えていた。これはまさにいい効果だ。人間前向きになると強いもんだ。
ただ、そんな僕らを横目にずっと沈黙を保つしのん。どうしても間奏部分のセリフが言えずにいた。
緊張感のせいか、リハでは一度も上手くいえていない。
それがプレッシャーで本番が近づくにつれ、表情に色がなくなってくる。
セリフ自体は日本から用意したものではなかった。
現場でのいきなりきまった中国語のセリフを頭に叩きこむ。

「BASSでよかった」不謹慎ながらきっとほかの楽器連中もそう思ったに違いない。
でも、ここはしのんが頑張らなければいけなかった。
誰にやらされているわけでもない。
自分がやりたいこと。だから、選り好みは出来ない。
やるといった以上、全部応えなければいけない。
じゃなきゃ、日本でしっかり働いていたほうが自分の身になる。
ここにきた以上全部自分で受け止めなければいけない。
もちろん、しのんが一番分かっている事だからだれもそんなことは口にしない。
ただ見守るばかりだ。それが回りにできる最大限のやさしさ。
ことばにしない優しさ。

特に今回の大会の主旨からしてもセリフは「きも」になる。それを知っている富昭さんはしのんが考える
セリフの妥協案にYESと言わない。感心。こういう時に厳しく言える人たち。
僕には言い切れない分、尊敬できた。そうなんだ、簡単に言えることを言っても中身が薄くなる。
それでは意味が無いのだ。中国語の力も審査の対象であればなおさらだった。
結果としてしのんに最高の結果を出させようとしている彼女。素晴らしい。

そうして本番さながらのゲネプロはスタートする。
明日の本番の映像の「フォロー用」ということもありスタッフもまじめだ。
ダンサーも今まではなに?と思うほどキレがいい動きをする。そして、まもなく僕らの出番だ。
「しのん、頑張って!」黄さんの励ましの声。
ステージに立つメンバー。
会場を見渡した。「うん、いい眺めだ」
10数台のカメラ、数百個の太陽のように輝く照明。
申し分ない。ここは紅白歌合戦か、レコード大賞か。
最大限の豪華さの中、イントロが流れる。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



ゲネプロが終わる。最悪だった。
しのんはモニターの音が小さく、イントロをつかめず、最初の静かな1パートが歌えなかった。
そのこともあってか中間部の中国語によるセリフは半分でとまってしまった。
更にクレーンに吊るされたカメラはしのんをかすめ、ソロを弾くマチャに激突する。
ついでに後ろからしのんにもアタック。
そりゃ、だれだって動揺するわな。
僕だってとっさに身をかわして。。。そのうえBassをまともに弾けといわれても弾けるはずは無い。
いろいろ要因はあった。でも、結果は一つだった。

うまくいっていない。誰も責められない。しかし結果、うまくはいかなかった。
幸いした事は「明日が本番」。
これが実弾だったら僕らは死んでいる。
そういう意味では首の皮一つつながったのだ。
反省点が見え、さっそく修正に入る。落ち込む事は無い。
反省しよう。音を作ることの準備を怠った。
長い待ち時間、暇な時間なんて本当は無かった。その時間をどれだけ本番の準備に向けられるかだった。
待ち時間の過ごし方があまりにも安易過ぎた。

監督の感想を聞かされる、「GYPSYQUEENはいい、と喜んでいるよ、もう少し自分を出して!
感情を出して!そうすればもっといいよ」富昭さんはきっと気遣いの言葉も含めているだろう。
完璧であるはずが無い。

深夜0:00。会場の従業員向けの食堂だろうか?
おかゆが配られ遅い夜食を食す。美味しかった。
あえて無味のおかゆをすすった。まだ、僕らはおかゆと同じ真っ白だ。
明日が終わるまで勝負はついていない。気持ちを切り替えようとする。帰りのバスで黄さんは言った。

「この番組は中国人が大晦日に見る番組です。
中国人の大晦日は家族そろってテレビをみます。
この番組は毎年視聴率が3本の指に入る番組。
あなたたちを10億人の人がみるのだから
名誉な事ですよ。頑張って」
励まされている。
そんなに暗くみえたのか?考えても仕方ない。
そうだやるだけだ。
明日がある。


ホテルに戻ってさっそくカラオケスタジオを30分100元で押さえる。
最終調整にはいる。落ち着いて、自分のことだけを考えて。
今の僕らに出来ない事をやろうとしているわけではない。

しのんは丁寧にもう一度自分のパートを繰り返す。
まったく問題なかった。少なくても今は完璧だ。もう、できるはずだ。
あとは気持ちだけだよ。
だから他の事は考えず、ステージに立ったらお客さんだけを見て語ってくれ。
「うん。」
しのんも暖かいおかゆとカラオケボックスの日本的な雰囲気もあり、元気が出てきたみたいだ。
それが一番大事。
だって、元気が無い人に「友好」って言われてもピントこないからね。しのんはしのん。
明るく振舞わなければしのんである意味が無い。
自分を取り戻せば強い。
平気かな?
なんとなく大丈夫な気がした。
いろいろ辛い4日間。
でも、明日を、本番を成功させるために頑張った4日間。
プレッシャをかける気はまったく無かったが、これはしのんにしかできない聖職なのだ。

そのあと、バンド組は全員集合。小さなアクションの疑問点まで話し合う。
やればできる仲間だからこそ気合を入れる。
やらないのはもったいない。
環境のせいにして日本にかえるなんてあと味の悪い事は絶対いやだ。
小さいこと、些細な事まで話し合ってメンバーは納得。3:00am終了。
即就寝。





 


誰もがこの瞬間のためにできることをできるだけ頑張っている。


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