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1月29日6:30am起床。昨日の寒さのせいかだるい。
それでも、集合は8:00am、体力を保つために朝食をちゃんととろうと食堂へ。
ここでのあったかい豆乳は病み付きになりそうだ。
集合時間きっかりに楽器を持ってバスにのり込む。今日はリハーサル。本当?
楽器を持てる喜びと、肩透かしにあったときの事を考えての不安。
会場に到着すると「あたりまえのように」待機が待っていた。たとえばもし、11:00からリハがあったとしよう。
そういうときには「○○さんたちは10:30に会場にきてください」とアナウンスされるだろう。
でも、ここは違う。ただ、違うからそれにあわせるしかない。そういう努力が必要とされる。
今日は昨日にも増して寒かった。それでも、午前中、なんとかリハーサルができた。
たった10分程度だが、楽器を持ち、カメリハなる動きのテストができた。
「一こま進む」そんな感じ。
そして午後。暇をつぶすアイデアもやることも尽きた。
そしてとうとうしのんがおかしくなる。
昨日から不調を訴えていたしのんだったが、ついに寝込んでしまった。
といっても会場の中にある野外のベンチ。
容赦ない寒さといつでもスタンバイ状態にいないといけない自分達。
「ひどすぎない?」そうおもうメンバーもいた。
でも、そうではないんだ。ここにきたのは全て僕らの意思。
スタジアムにて
いいところだけ取る事はできないこの国にきた。だから、我慢も必要なんだ。
そこで耐えられないものは生き残れない。
しのんにも大丈夫?と声をかけてあげることが精一杯。頑張ってくれ。
無言のメンバーの心の声は届くだろうか?
そうしているうちに「オケの調整をしたい」と言われる。昨日の珠海電視台に向かうという。
という事はリハはないわけ?とおもいつつ、言われるままに電視台へ。
なんとなく嫌な予感もあり、マチャにギターを持ってきてもらい一緒に向かった。
電視台につくとすでに本番用の音声の編集に入っていた。
「昨日の音源にイントロをつけて欲しい」予感的中!
マチャがいなかったら伝言係となってまた会場にもどるはめだった。
備えあれば憂いなし。これは中国の諺か?
曲の感じから言ってイントロはキーボードの方がマッチしたかもしれない。
とはいってもそうして潤坊を呼ぶ時間もない。
マチャに即席のイントロを弾いてもらいミックスに入る。仕事が速い!なんと優秀なスタッフだろう。
悠久の流れの進行とあっという間に作業が進む現場主義。うーん、奥が深い!
あっというまの作業だったが和気藹々と創作作業を終える事が出来た。
終了後、タクシーでまた会場に戻る。どうなっているだろうか?結果はなにも変わっていなかった。
僕らが不在のときにエンディングのリハを行っただけであとはずっとこのままだという。
しのんがいなくなっていた。
会場のPAブースに寝かされていた。ブースといっても暖房は無く風がしのげる分だけ暖かいという感じ。
バンドのボーカルをこういう環境においていいの?
いや、今はそういう議論はやめておこう。
みんな頑張っている。夕方。ドラムセットが届く。
新品で聞いた事も無いブランドだった。補修金が1000元!という。
なんなの?
実はこれは局ではなく徐軍さんが手配してくれたものだったらしい。
本来北京で収録予定だったこの番組が珠海になった時点でドラムの手配が困難になったらしい。
何とかしなければ、と結局、徐軍さんが個人的に手配してくれたという。
知らなかった。
そんなことは徐軍さんは一言も言っていなかった。
それを知らず僕らは「ドラムはまだかなー」「リハにないと感じでないよな。」等と無神経に言っていたものだ。
くれぐれも言うが徐軍さんに用意する義務は無い。
僕らが日本から持ってくるのが大変だろうと何も言わずに用意してくれていた。
僕らにはできるだろうか。このままこの事実が気づかれずに終わることもあっただろう。
たまたまやり取りで分かったこの事実。
徐軍さん、あなたは人間として尊敬すべき人だ。
すぎやんの目が赤い。言葉はいらない。「我会努力(がんばります)」それだけだ。
ちょうど同じ時間に黄さんが会場に到着した。
彼女もたまたま日本にきていた時にふと知り合った広州の人。
僕らが昨年のツアーで中国の人に世話になった分なにかお返しできれば、と
すぎやんが日本の町を案内したりと交流をもっていた。
そんな彼女も応援にきてくれた。これも会場が珠海になったおかげだ。
運命を感じたものだ。
彼女が到着して大感激!とはいかなかった。
しのんはPAブースから出てこれない。
普段人一倍気を使う彼女が起きられない。
黄さんに気を使わせないようにとメンバーは黄さんと写真をとったりして盛り上がる。
幸運にもここで、徐軍さん、富昭さん、黄さんという強力な応援団を得ることになった。
リハのスケジュールは相変わらずだ。
6:00pmもすぎこの後の予定が出る。
もう一度全体のリハをやり直すとの事。
確かに舞台での動きや演芸をやるグループの中にはまだリハーサルが必要なグループがたくさんあった。
ざっと考えても4,5時間はかかる。ここで、僕らは切り札のひとつをきる。
「僕らはもう情況がつかめたのでホテルで打ち合わせをしにかえっていいですか?」
こんなことは数多くいえない。このタイミングならOKだろうと踏んでの判断。
これをプロデューサとの橋渡しであった富昭さんに交渉を頼む。
結果はOK!やった!
みんなホテルに帰れるよ!
時にはちゃんと言う事も必要だ。
やることをやれば相手も理解してくれる。
そういうものだ。しのんを起こしてホテルに向かう。
そして、今日は徐軍さんの最終日。
明日の昼には北京に戻らなければならない徐軍さんとせめてお別れの宴がしたい。
徐軍さんとプロデューサーの櫨さん
それは具合の悪いしのんも同じだった。
自分の体調よりも感謝の気持ちが優るのか、急に元気なそぶりに変わる。
ホテルに帰りみんなで広東料理の店に行く。
ぶった切りの魚。へび、かえる。なんだか不思議な動物も動いている。
食材を選ぶ担当だった僕は見ることが出来ない、かなり怖い。
でも黄さんは「これ美味しいです!」とうれしそう。
黄さんも疲れ気味のメンバーを励まそうと妙に明るい。
そうか、ではそれを食べよう。食の広州。美味しいものばかりにちがいない。
この際、全部食ってしまおう。そうすればもう少しこの世界がみえてくるかも。
壁を作ったら見えるものも見えなくなる。初めての料理は初めての中国と同じ事だ。
広東料理はさっぱり味で美味しかった。素材の「元」をみている僕は複雑だったがメンバーは大喜びだった。
徐軍さんも楽しそうな顔をしている。
本当にありがとうね!感謝の酒を注ぎまくるメンバー。
この歓迎はあまり嬉しくないかも。
富昭さんは「リハーサルとてもよかったよ、しのんは大丈夫」としのんを気遣う。
ツアーの最大の喜びはこうして人の暖かさに触れられる事以外に無い。
楽しい宴。それもあっという間に過ぎホテルへ戻る。
しのんは明日の事を考え就寝。徐軍さんたちは黄さんにもろもろを引き継ぐために打ち合わせ。
僕らは足裏マッサージに向かう。1時間30元。
とっても安い上に本場だけあってとっても気持ちよい。
英語も日本語もまったく分からない彼女達とメンバーのコミュニケーションは妙におかしかった。
そのあと、軽くのもうと思ったが明日のことも考えホテルに戻る。
盛り上がるのは結果を出してからで充分。
すでに1:00am。
気持ちもリフレッシュして明日のゲネプロに備える。
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