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長沙7

2011/11/14。

6時起床。

いつもと違うことは二日酔いではないこと。まあ、飲んでないからね。

 

7:00朝食を終え8時にロビーに向かう。すでに松永さんは来ていた。なんてタフなんだろう。

そして、ずっと笑顔でいる。この力はどどこから生まれているんだろうと本当に思う。

バスに乗り込み空港へ向かう。

 

あっという間の4日間。もうすでに懐かしいくらいだ。

空港までの1時間。

名残惜しくて眠るのをやめた。

この街を、この言葉をもっと体に染み込ませたい。そう思っていた。

 

9時過ぎに空港につきチェックイン。

ここから始まり、ここで終わる。

いつも空港はお別れの場所だ。

松永さんと再会の約束をして搭乗口に向かう。

ありがとう長沙。

ありがとう日中双方の実行委員のみなさん、ありがとう松永さん。

フライトはCA1344便 。

広いゲートを抜けて搭乗口へ。

バスに乗って搭乗機に向かう。

10:45長沙を飛び立った。

いつもは怖いので目をつぶっているが今日は遠ざかる長沙の街をずっと見ていた。

湖南大学がどこにあるかはわからなかったが僕は昨日のあの場所を探していた。

機体は上昇し一路北京を目指す。

ここでいろいろんさ整理作業を行う。

この記憶が薄れてしまわぬうちに。

この時間はあっという間だ。

2時間のフライトで13:00,北京首都空港に到着する。

 

ここでトランジットだが帰りは荷物がそのまま長沙から成田に向かうので積み下ろしがなく楽だったりする。

乗り継ぎ時間は3時間ほどあるのでとりあえずマッサージに向かう。

 

ここで驚くべきことに遭遇する。

マッサージをしてくれるお兄さんとお姉さん。

いろいろな話をしていて僕がバンドマンであることGYPSYQUEENというバンドであることを話していた。

 

そこのおねえさんが「GYPSYQUEENみたことがあるよ」といったので、まあ100%うそだろうと思いつつ、「ありがとう、うれしいね」と適当に答えていた。

そうしてしばらくするとお兄さんのほうが自分の携帯を持ち出してきて写真を見せ始めた。

 

その写真は。。。。

2004年の僕らの重慶ツアーの記者会見の新聞のコピーだった!!!

 

「なんで?!」この人は日本が好きでGYPSY QUEENの新聞記事を持っていたという。

そして、昨年の北京での公演も見ていたというのだ。

狭い。

狭すぎる。

こんな所にもつながりがあったなんて。

あまりにもの驚きでマッサージが気持ちよかったかどうかはすっかり忘れてしまったがまたの再会を約束して店を出た。「相約北京!」と。

 

メンバーと合流してまずは興奮気味にその話を。

みんな当然驚いている。

でも、いいよね。

音楽がきっかけで新しい出会いがある。

素晴らしいことだと改めて思う。

 

そして、CA421便、夕暮れの中タラップを上り僕らは日本に向かう。

16:45北京を飛び立った。

 

第四章1幕はここで閉じることになる。

これだけ続けてきていても毎回新しい驚きを感じる。

それは世の中が進歩しているから当たり前かもしれない。

過去にとどまっていては古くなるのは当然。

最先端の発展を遂げている中国と付き合おうと思えばそのスピード感に追い付かなければ始まらない。

今回もまた会いたい人が増えた。

それも増殖的にたくさんの縁を作ることができた。

音楽が何かの役に立つことは誰しもがわかることだ。

そしてその力がものすごいことを僕らはよく知っている。

来年国交回復40周年を迎える日本と中国。

30周年の2002年とはすべてが変わっている。

時流に合わせたやり方でこの40周年に乗ろう。

そして、もっともっとたくさんの仲間とたくさんの絆を作っていこう。

 

小さな糸のコヨリはすでも十分に大きくなってきた。

待ってくれている人もどんどん増えてきた。

さあ、勢いをつけてまた会いたい人の所に会いに行こうじゃないか!

 

 

GYPSY QUEEN ROAD TO ASIA#31
2011/11/11-2011/11/14
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