Sakura Festival in Vietnam 6

アジア, バンド, ベトナム, 未分類 No Comments

ここで全員と合流。最後の晩餐会場をsakaiと立川先生が探しに行ってきてくれた。ホテルからちょっとのDEPというベトナムレストラン、そこで決定だ。

タクシーに乗ってみると1メータの距離だった。ベトナムの場合タクシー1メータは12000ドン。日本円で70円程度だから安いよね。ここで今日の行動をみんなで話す。オペラハウス系でセレブなランチの立川先生チーム、そしてハロン湾でシーフードの僕ら。

 

そしてSakaiはなんと。コブラ料理を1万円で食べたということだった。なんでもバイクタクシーに乗せられていった店がコブラ料理で2人分で1万円だったということ。あきらかにぼったくりだ。それにしても今日もしルオンさんと行ったら彼は昼も夜も蛇ってことだね。うむ、それはそれで面白い話かもしれない。まあ、話題の的も彼でニックネームがこぶらくん。スタジオも東京コブラと改名する運びとなる。

こぶらくん、なんとなく怪しい表情

こぶらくん、なんとなく怪しい表情

 

食後、21時ちょっと前にホテルに戻ると予定通りにバスも到着。このバスのドライバー本当に正確で時間に一切遅れない。すばらしいよね。これって性格だよなぁ。と思う。ここでsakai改めコブラ君と別れる。彼は明日からタイ、ラオスとプロモートで一人現地に向かうのだ。

ドライバーとまたもや仲良くなるvivi

ドライバーとまたもや仲良くなるvivi

一人抜けるだけでなんとなく寂しい車内。バスは21:45にノイバイ空港に到着。いよいよハノイともお別れだ。チェックインをしているとmaiちゃんも合流。お父さんや親戚一同がみんな見送りに来てくれているので一緒にお茶をすることに。

 

すばらしい出会いです

すばらしい出会いです

ひょんなことからベトナムに接することになり、いろいろなことがあって今日ここにいる。一生会うはずも無い人とこうしてカフェスダを飲んでいる。縁というものはまっこと不思議なものだと思う。名残惜しさの中、ゲートに進み僕らは日本に向かう。日にちも変わった14日00:05分VN954便は成田に向けて飛び立った。短かったけれど体力をかなり使った旅だった。

 

第3章2幕はここで閉じることになる。いつものことではあるが今回もたくさんの人のお世話になって成り立ったツアーだった。主催の実行委員会の方々。本当におめでとうございます。これは快挙ですよ。努力が報われたのではないかな?そう思う出来だった。ツアーも精鋭9人+先生&社長。

絶妙のバランスでみんなが助け合いここまでこれた。助け合いって物質的じゃないこともたくさんある。今回はこの物質的じゃないところだけではなく、本当の物質的な部分でのチームワークが良い結果を生み出したのだろう。これは日本で後方支援をしてくれているタクピーなども含まれる全員の勝利だ。

 

この人と人のつながりの輪は非常に強い。3本の矢ならぬ9本の矢。そういいきれるほどに全員一丸となって超えた旅だった。

 

うまくいったのか?それは回りの評価が答えを出すだろう。また新しい世界に、大きく広がる世界に僕らは飛び出すチケットを手にした。そのときまでさらにパワーアップして迎えられるように今日も何か一つ新しい気持ちを持ってはじめよう。
少し眠ったが体が痛い。もう機体は日本上空を飛んでいる。春の日本に帰ってきた。そして、また旅立つのさ。

 

 

Blue Sky in Hanoi

Blue Sky in Hanoi

GYPSY QUEEN Road to Asia #22
Blue sky in Hanoi
2009/04/10-2009/04/14 

Photo by aki,vivi.sakai

Sakura Festival in Vietnam 5

アジア, バンド, ベトナム No Comments

ステージを降りた僕らはMaiちゃんの笑顔に迎えられて楽屋へ。「取材なので早く」せかされてすぐにBS11の取材。そしてすぐにバスへ。

会場を抜けていく道でサクラの木の前で写真を撮っている大勢のベトナム人たち。このイベントの主旨は伝わっている。日本の文化はちゃんと伝わっている。

interview

interview

ホテルにつくと15:10.すでにアンクアンは到着していて立川先生と糟谷社長と打ち合わせをしていた。その後アンクアンとミーリンのレコーディングについて打ち合わせ。立川先生や糟谷社長にアドバイスをもらいつつ中身を決める。

 

そして、ミーティング後、17時フィナーレに参加するために再び会場へ向かう。ここも大渋滞。17:30に会場に着くとviviちゃんから「もう始まっているので早く!走ってきて下さい」と連絡が来る。30分押しているというので遅らせて会場に向かったが甘かった。

maiちゃんの妹も初登場

maiちゃんの妹も初登場

とにかくダッシュでステージへ。すでにフィナーレ始まっている。「ヨサコイハノイ」が響き渡るステージに駆け上がりなんとかギリギリ間に合った。

「GYPSYQUEENおそいよ」笑顔で藤澤さんが言う。それにしても凄いイベントだった。しばし余韻を楽しんでホテルに戻る。今日は何往復したんだろうか?19:30.着替えて打ち上げへ向かう。偶然、昨日の夜飲んだ場所だったのですぐに到着できた。

 

Gland Finale中に写真を一枚

Gland Finale中に写真を一枚

ものすごい人数でこのイベントの規模が分かる。まずは藤澤さんにお礼、そして筒井さんにごあいさつ。学生スタッフたちが「GYPSYQUEEN ありがとうございます!」と日本語で言ってくれる。うれしいね。また、仲間が増えた。会いたい人がまたたくさん増えた。

 

そこに先日まで日本のベトナム大使館にいたルオン公使が来てくれた。今はベトナム外務省に戻っているという。「あした一緒に食事をしましょう」とわざわざ言いに来てくれたのだ。その後一行はホテルに戻りバーで飲み直す。

 

そこに立川先生と糟谷社長も合流し全員で飲む。23時解散。メンバーは恒例の部屋ビデオ反省会へ。

明日も早いのだが諸富さんの差し入れのビアラオがあるのでみんなで飲むことに。24時、部屋に戻る。明日は久し振りのOFF。ハロン湾に向かう。

 

2009/04/13

6:30起床、7:30朝食、8:30出発。今日はハロン湾へ向かう、二日酔いで若干辛い。しかしバスは快適。この差はでかい。月曜日ということもあり当然渋滞に巻き込まれる。旧市街方面に向かいオペラハウスをみてから市外へ。

大きな大河、ホン河をこえてハノイを脱出する。この河は雲南省から流れ出ている河で水の色が赤いので「紅」「河」といわれている河だ。メコンのそれとは異なる。当然禅僧の被害も受けており、僕らがわたる橋の先にみえた橋は一部分だけ装飾されている不思議な橋だった。聞いてみると大半は戦争で破壊されたがそれを復旧して使っているとのこと。架け替えるのではなく、復旧するというところがたくましさだ。

その頃から意識を失い、気づくと休憩所に到着する所だった。「あとどれくらいでハロン湾ですか?」と聞くと90分というのでやはり到着は予定通り12時なんだろう。時間を持て余していたので通り過ぎる看板でベトナム語を覚えることに。

 

一つ覚えると楽しくなるのが語学だ。おかげで街道沿いには車の修理屋と洗車屋、フォーのレストランと何故か床屋が多い事がわかった。海岸線に近くなりしばらくすると奇岩が遠くに見え始めてくる。もうすぐハロン湾だ。このハロン。中国語で書くと「龍が下りる」と書く。

ハロン湾へ

ハロン湾へ

文字通り龍の棲み家。そんな感じだ。ここでバスを降りて船に乗り込む。船がめっぽう苦手な僕は恐る恐る乗り込む。風はあるが、エンジンの煙が立ち込めてむせ返るようだ。港を出てしばらく行くと気持ちいい風に変わった。うむ、いいもんだ。なんだか優雅だね。

遠くの奇岩が近づいてくる。奇岩が入り組む入江。遠い昔は難攻不落の港だったのだろうなと思う。さらに奥のほうに進んでゆくともう迷路のよう。そこでランチを食べたりして十分堪能したツアーは14:30で終了。

時の止まったこの場所で

時の止まったこの場所で

その後ハノイに戻ることになる。今日は昨日約束したルオンさんとの食事会、その後ホテルに戻り空港へという結構タイトなスケジュールだ。だんだん太陽の傾いてきた夕刻。沈む夕陽に水牛のいる水田が続く。いつの時代かわからない幻想的な風景が広がる。これも今のハノイだ。

 

一本道をひたすら走るがハノイ市内に近づくにつれ道は混みはじめ渋滞に。ルオンさんとの約束の時間も近い。とりあえず電話をしてみてなんとか6時までに指定の店に来て欲しいとのこと。どんな店?と聞くと蛇料理の店らしい。「げっ」いきなりブルーになる僕。

ダメなんですよ、そっち系。どうしようかと思っていても仕方が無い。とにかく見ないように、触らないようにと決心する。

しかしその後渋滞は解消せず結局ルオンさんに電話をして「次の機会」ということになった。今日会えずに残念だが昨日も会えたし、またここに戻ってくる気がした。結局市内に到着したのは日の暮れた18:30過ぎだった。

ネオンに埋もれる旧市街は情緒的であった。また、戻ってきたいな。そんな気持ちにさせる街だった。

mekong river

バンド No Comments

いよいよです!明日から旅立ちます。

思えばいろいろな出会いのあったメコン流域。

今年はその記念年。

それだけでも十分に偶然の一致だ。

さあ、どうなるか。とことん楽しんでこよう。

だって、最終的にきまっていないこともあるし、昨日今日になっていろいろなことが

きまってきた。

それもいい感じにね。

でも、まてよ。これはなかなか辛いぞ。

ツアー前日にものがきまるって日本的にはありえないよね。

でも、いいんだよ。行く場所は日本ではなくてメコンだから。

 

いってきます!帰ったらまた報告します!

 

GYPSYQUEEN MEKONG TOUR 2009

2/ 6 22:00- Thailand Bangkok The Rock Pub
2/ 7 19:00- Laos Wat phu Wat phu Festival Stage
2/ 8 19:00- Laos Wat phu Wat phu Festival Stage
2/ 9 19:30- Laos Savannakhet Ku Vorlavong Stadium
2/10 20:00- Laos Vientiane On The Rock Bar     
2/12 18:30- Cambodia Phnom penh Chaktomouk Hall

laos 中部の町にて

laos 中部の町にて

タイ、ラオス、カンボジアへ

バンド No Comments

日本メコン交流年の事業としてタイ、ラオスとカンボジアに向かうことになった。

とはいっても最終的な細かいことがまだきまっていないので、これからどうなるのかはわからないが

とりあえず大筋きまったのでお知らせします。

 

今年は日本メコン交流年としてメコン流域の国々と日本の交流を深めていこうという年。

先日、そのパーティにも出席してきたが、いろいろなオファをいただき、今回のツアーの決定となった。

出発は2月6日。最初はバンコクに飛びその翌日にウボンラチャタニからパクセーへ入る。そしてその夜、WatPhuFEstivalにてコンサートを行う。

そう、昨年大好評だったそうで、今年も出演のオファが来たのだった。

ほぼ一年ぶりのラオス。久しぶりだが昨年のことをおもいだすとまるでつい最近のことのように思い出される。

思えばあのときのコンサート、ツアーで僕らはまたひとつ何かをつかんだ。いろいろな人にお世話になることの尊さ。

それは時にはトラブルがあっても、この経験があればすべてフォローしあえる。そんなすばらしい人と人の縁で始まり終わったツアーだった。

そのせいなのだろうか?昨年末のベトナムツアーもトラブルに巻き込まれても不思議とみんなの顔が余裕だったのは。

 

また、会いに行こう。あのチャンパサックの人たちに!

ツアーの詳細はきっと今週中には確定するのでまた伝えたいとおもう。

とにかくカンボジアははじめてなんだよね。

ARAPPIYA一曲だと厳しいのでいろいろ覚えなければ。

 

初日はタイ。まずバンコクからだ。
到着後その日にライブです。
空港に15:35に到着するのですぐに市内入り、そしてライブ会場へ。
もともと大規模にやる予定はなかったのですがなんと伝説的なタイのロックバンド

The Olarn Project
と競演することに!おどろきです。

The Olarn Projectはこんなバンド
まさにレインボウですな。
http://jp.youtube.com/watch?v=U4Vuyd7EIlk&feature=related

会場のTHE ROCK PUB バンコクのROCKの聖地!
www.therockpub-bangkok.com

photo by Xay

photo by Xay

着ウタになりました

バンド No Comments

「そういえばGYPSYQUEENの曲で着ウタってなくない?」
そういえばそうだ。以前出した2枚のアルバムの曲はレコード会社との契約もあり、勝手に着ウタ
にすることはできない。
かといって現在も契約しているのならまだしも、今は契約ないのでそれを「着ウタにしてください」なんて
ずうずうしいことをいうのもねぇ。

と去年語っていましたがようやく今年から着ウタになりました。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

 

曲は Happy to see you

これはベトナムフェスティバルの公式ソングに採用された曲でしのんとベトナムのシンガーLam TruongとHienThucの3人がうたっている曲です。
この写真の3人ですね。

まさに日ベトナム合作の曲がGYPSYQUEEN着ウタ第一弾になりました。

ベトナム語と日本語が混じっているのでわからないところもあるけれど、タイトルどおり

Happy to see youがテーマになっています。

 

携帯への落とし方はそれぞれの携帯電話でいろいろやるとできるとおもうので(説明できずにすみません)
とりあえずアーチスト名でGYPSYQUEENで検索するとでてくるので是非お聞きください。
あ、視聴して気に入ったら着メロにしてくださいね。

いつか街角でこの曲の着信音を聞けたらうれしいな。

【追伸】

おとしかたがわからないよ、という問いあわせ多かったので記載します。

携帯でダウンロードする方法

着うたフル
iMENU→ミュージック→検索のところに「GYPSYQUEEN」と入力して検索
→モーラでダウンロードできます!

新年も近い

バンド No Comments
Photo by T.Hagiwara

Photo by T.Hagiwara

日本が正月を向かえアジアの国々も新年に入る。
アジアの場合1月1日はそうたいしためでたいことではなく、これから始まる旧正月がメインだ。大体4月まで続くんだよね。

つい先日、その第一弾としてベトナムの新年会が始まる。
ここ数年交流を持つことが多く、いろいろな人にあうのだが、ベトナム関係の人の比率が増えてきたなというのが実感だ。
前回、たいそう大変な目にあってきたベトナム。
決して、100%楽しめたとはいえなかった。最後が良い終わり方をしたとはいえ、細かいことを言う人であればなんとでも言える対応だった。

それが政府関係の人が絡んでいれば国に対する批判になるだろうし、そうでなくてもベトナムが、ベトナム人がと言うことになるだろう。

実際、そうして国を非難する人のいかに多いことか。
まあ、非難しても始まらないしね、とおもいつつ、そんなことを聞かされることが多々ある。

ただ、今回はいやなことの数よりもそれを嘆く、それを批判する、それについて謝罪するベトナム人が圧倒的に多かった。彼らがみな口にすることは「こんなことはあってはいけないことだ。ベトナムを代表してお詫びする」ということ。
それは共通だった。

僕にその反対のことができるだろうか?

日本にきた外国のアーチストが日本側のなんらかの理由でトラブルに遭遇したとき、どんな対応をするだろうか?
大変だねとはいうよね。でも、日本を代表してお詫びするというんだろうか?
本当に失礼なことをした、お詫びにはならないかもしれないけれど君たちみんなを夕食に招待したい、といってもてなすだろうか?

きっと、ぼくらはいろいろお世話になっているし、それなりのことをするだろう。でも、そんなときに「僕らの責任ではないしね」といってしまうことがあるような気がする。

このベトナムの友人たちはそうではなかった。みな、心から、なんとかしたいとおもって考え動いてくれた。それがこの前のツアーのすばらしき不幸中の幸いにつながった。

そんな国との出会い。
だから、僕は心から喜んで彼らの国の新年を祝うことができる。

よかった。そういう気持ちで入れることに、そういう気持ちにさせてくれた彼らに感謝したい。

ベトナム優勝直後のサイゴン市内

バンド No Comments

サッカーがここまで熱くするのかというくらいの盛り上がり、というか騒乱だね。
本当にすごかったのでちょっとだけムービーでお届けします。
このあとも結局朝まで市内は大変なことになっていました。
したをクリックしてください。動画がみれます。

ベトナム優勝直後のサイゴン市内

ベトナムのパワーをかんじさせたれたシーンでした。

2008 VietnamTour 7

バンド No Comments

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

2008/12/31。目覚ましが何度かなる。

 

 

 

まずい、二度寝したらおきられない。6:00なんとか起床。起きるとズキンと見事に二日酔いである。これで帰るのはきついなぁと憂鬱に。窓を思いっきり開けてドンコイ通りの喧騒を見る。2008年最後の日。個々では普通に暑い一日に過ぎない。7:00朝食。もちろんあまり食べられず、自分なりのヘルシーメニューに。

こういう時のPhoは格別だ。8:00ロビーに集合。なんとなくみんなまったりとした中、最後に出てきたのがmasaoということでこの流れもいつものお約束通りだ。8時出発予定だったが、バスが遅れてちょっと緊張する。

photo by Aki

photo by Aki

ここでmaiちゃんとは一時お別れ。本当にこの困難なツアーを乗り切ってくれた。突発性の事故のような今回の出来事。仕方がないといったらそうなのだが、それに立ち向かうmai&viviコンビのパワーは真似できないくらいのものであった。本当に脱帽だし、おかげで僕も一人のバンドマンとしてコンサートを前向きに楽しむことができた。

Photo by Aki

Photo by Aki

それらの源は彼女たちにあったといっても過言ではないだろう。Xin Cam on!。

そうしているうちにようやく8:36、バスが到着。いよいよ出発だ。どうなるかと思ってきた今回のベトナム。オフィシャルなイベントだけに準備も最も完璧と思われ、気を抜いていた部分もあっただろう。そんな隙を見せた僕らに思いっきりパンチをいれてくれたベトナム。

もう目が覚めたよ。十分に注してこれからも進もう。今回のツアーで出た結果は「どんなことがあっても前に進もう」だ。市内の渋滞をぬけ空港には9:15に到着。ついてみれば余裕のスケジュールだ。チェックインして換金などしているとVANから連絡が入る。

彼女と別れの言葉を交わす。「もう一度私たちにチャンスを」そういう彼女の目は本心であるだろうと思いたい。

一行はゲートに向かい10時過ぎに搭乗口へ。もうすぐこのたびが終わりそして今年も終わる。11:05CI782便にて台北に向かう。台北に向かう機内。Yukoちゃんと話しながら向かう。恐ろしい睡魔でかなりねてしまった。お陰でタイペイまでの距離が短く感じた。

目が醒めたのは物凄い揺れのお陰だ。何度乗ってもだめだね。この揺れ。タイペイに降りておよそ一時間のトランジットがある。もう、ここは台湾でNTドルが流通している。まあ、ドルも使えるので問題はない。

旅の終わりは何故か寂しい。みんながそうなのか、言葉少ない。しばらくすると館内放送があり搭乗の時間となる。CI106にて最後の目的地、成田に向かう。

機内は若干余裕がありゆっくりと。昨日のビデオを改めてみる。今回のツアーもこれでおわりだ。第二章10幕はここで閉じることになる。これからどうなっていくのだろう、僕らのツアーもきりがよく第二フェーズを終えた。起承転結という言葉があるとすればこれから僕らはどのような形に形態を変えていくのだろうか?変化に望むことは厳しいことだ。それに耐えうる体力はついたのだろうか?

ぼくらの空は広がり始めている。転じていくために。そして、やはり「待ってくれている人のところへ」僕らは向かうのだ。

ありがとう、全ての関係者のみんな。

言葉にしきれない感謝の気持ちをどう表現しよう。

表現しきれない分だけ形に表そう。

Happy to see you。あなたにあえてよかった。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

GYPSY QUEEN Road to Asia #20
Happy to see you
2008/12/25-2008/12/31 

Photo by T.Hagiwara、Sugimoto、Aki

2008 Vietnam Tour 6

バンド No Comments
2008/12/30。7:00起床。9:00朝食。昨日からテンションは上がっている。全員が行っても仕方ないので機材の確認と昨日お願いしたことの確認のため、10時に先発隊出発。僕は事務作業があり、後続組になった。

先発隊はmacha、酒井氏、masaoの3名。全員で動けるバンドは強いが更にそれを超えて全員で動かないことができるバンドは強い。10:30先発隊を見送り僕はサイゴンの関係者へのチケット渡しやら諸準備を行う。ここにきてようやくばたついてきた。

 

12時の出発時間はあっという間に。会場に着くと照明もすでに入っていてベトナム人シンガーがリハーサル中だった。みな、とてもいい歌声をしている。しばらく眺めていて、まだ出番は遠そうなのでランチタイム。Machaに聞くとおよそ電源系統は問題ないそうだ。

 

photo by Sugimoto

photo by Sugimoto

14時過ぎ、リハーサルの始まった僕らを会場に残しviviは支払い関係の打ち合わせに。その間もリハーサルは進む。GYPSYQUEENはOK。ゆうこちゃんもOKだった。ホテルにもどり衣装を調えて18時に出発という段取りになる。その間も事務方はいろいろな作業に没頭していた。

 

合間に新聞の取材を一件。毎回ホーチミン入りすると取材をしてくれるVAN ANHの取材だった。「なぜ、あなたたちの曲のSaigonCityを演奏しないの?すばらしい曲なのに」ときかれた。「理由はわからないけれどこの曲はやらないでほしいといわれたからさ」。この点についてはいまだに理由がわからない。Saigonというのが街の正式名称ではないから?まあ、拘っても仕方がないのでやらないだけだが楽しみにしていた人がいたとするとちょっともったいないな、とおもった。この曲はサイゴンに生きる人たちの元気なパワーを感じて書いた夢と希望の曲だからね。

 

そうしているうちに出発時間。結局この時間を過ぎても過ぎても打ち合わせは終わらず先発隊としてほかのメンバーには先に行ってもらうことへ。僕はちょっと遅れた第二便に乗った。会場に到着するとすでにお客さんも入っていた。ただしアリーナが全てVTV(ベトナムテレビ)に押さえられてカメラしかないのでなんだかスカスカ感がある。

 

photo by T.Hagiwara
photo by T.Hagiwara

公開放送的な感じでまるでビートルズの日本武道館の公演のようだ。そういえばモンゴルもこんな感じだったかもね。今日は生放送で全国に放送される。生放送で大丈夫なんだろうか?まあ、大丈夫だろう。僕らが粗相しない限りね。生放送って本当にあっという間に、という感じですでに始まろうとしている。

 

司会者が登場。まるで歌謡ショウの雰囲気だ。楽屋でなんとなく和気あいあいで待っているとプロデューサーが血相を変えて入ってくる。「1番目の歌手がきていないのでみんなステージにでてくれ。で、ちょっと話してつないでくれ」。えっ、そういわれましても。。まだ着替えも半分の時の乱入。ミスタービーンも血相をかけている。こちらの意思とは関係なくステージに引っ張り出され質問コーナーに。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

的外れなことを言わないように景気づけでベトナム語であおってみる。なんとか反応があった。よし今日はベトナム語使うぞ。ちょっとの時間だったが無事お役目をおえてステージを降りる。 

生放送ってこの国だと危険じゃないの、の予感的中の巻きである。そして遅刻歌手が到着。事なきを得た。その後yukoのステージである。今回初参加、初アジアライブ。どんな思いなんだろう。でも僕らが1回目の時と明らかに違うとおもうね。グローバルな時代になったもんだ。予定の3曲を歌い終わり楽屋では歓迎の嵐。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

 

Yukoちゃんおつかれさま。ハノイがなくなちゃった分ステージは少なかったけれど、SOS村ではとびきり新鮮な体験ができたと思う。これからもアジアを愛していてほしいな。

 

そして、Ho Ngoc Ha、Ho Quynh huongと続く。いずれもベトナムを代表するシンガーたちだ。Ho Quynh huongはものすごくパワーがあって怖いくらいのライブ派。あれはすごいよ。踊りはマイケルジャクソンのスリラーなみ(ちょっと懐かしい)。その勢いに食われてしまいそうだ。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

そしてGYPSYQUEENの出番である。オープニングのSEが流れる。ステージに上がると歓声が迎えてくれる。Machaのイントロから始まり一曲目Without youは久しぶりのROCK曲。この曲を一曲目にするということは今回の方向性がモロに見える。ROCKで押し通す。それが今回の構成のテーマだった。続けてMoonlight&sunshine、そしてI hope soと続く。

 

photo by T.Hagiwara

この曲をやることになりにーにょは苦労していた。その成果が出ればいいと思っていた。そしてすばらしいピアノを聞かせてくれた。良かったな。最後の一音を弾き終わってまるで自分のことのようにほっとした。満足だ。

http://jp.youtube.com/watch?v=McYjQaNtH9A

I hope so の動画

 

当初はこのあと4曲続くはずだが、なぜかステージを二回に分断されたので一度バックステージに。僕らのあとにunlimitedが演奏。そして最後に改めて僕らが登場して5曲くらいやるという構成になった。(きまったのも言われたのも当日ね)。

 

後半はGYPSYQUEENオリジナル曲が続く。今までの海外の公演は何かと現地の言葉と楽曲のアレンジで勝負してきた。それが評価された。今回もそれは変わらない。それぞれの文化をリスペクトしていきたい。それでも僕らのオリジナルソングを良いと言ってくれた人たちのために僕らはアルバムの曲を歌うのである。

photo by T.Hagiwara

なんだか今までとちょっとばかり考えが変わった?進歩した?気がした。スタンドのお客さんも最後の方はみなアリーナに降りてきていて一緒に盛り上がる。日本語でも問題ない。日本とベトナムが一体となっている、それを実感できた瞬間。準備に関してはいろいろあったがコンサートだけとればなんの問題ない良いステージができた。

 

お客さんの反応を見ればそれが確信できる。最高の思いだ。そうだったクリスマスに出発してまだクリスマスプレゼントを受け取っていなかった。バンドのメンバーにはこれが今年の最高のプレゼントになったかもね。Shinonがベトナムの国旗をもって会場に現れると盛り上がっていたお客さんのボルテージがさらに上がる。

 

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

昨日のサッカーの勝利もあり、最高の年末を迎えるベトナム。その締めくくりのコンサートになったと思う。最後はコラボ曲の「BlueSky」をunlimitedのボーカルとshinon、yukoちゃんが歌う。これは2009年メコン年のために書いた曲。「僕らの空を広げよう、大きな翼に乗って」ということがテーマの曲。すでにベトナム語版があるのでその歌詞を渡して歌ってもらった。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

この曲、できることならインドシナのアーチストたちみんなで歌えるようにしたい。すでにラオスではアルーナが歌詞を書き始めている。5ヶ国語でレコーディングできたらどんなにすばらしいことだろう。そして、最後の最後にHienThucが登場。すでにコンサートの終了時間は大きく過ぎている。それでも残ってくれているお客さんに豪華なプレゼントだ。

 

一緒に歌う曲はもちろん「Happy to see you」この言葉、最近僕らの中でのはやり言葉だ。Mylinhも別れ際に言っていた。そして、HienThucもそうだった。みんなの中で共通の経験が生まれそれがいつまでも続いていく。時間を共存するというすばらしさがこの曲に力を与えてくれる。日本でのレコーディングよりもさらにパワフルに歌うHienThucとshinon。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

この曲、来年まで歌い続けていってほしいと思う。そして、再会するときにまた、同じ言葉を交わすのだろう。

 

 

コンサートは終わった。最後の最後で予定通りのそれも最高の終わり方ができた。すべてが悪いことばかりじゃない。途中であきらめないことが勝利の秘訣だ。暗雲が立ち込めても必ずその後には青い空が来る。それはみんな経験で知っていることだ。だから人は忍耐強くなり、同じ状況なら嘆くよりも期待しよう。

 

毒は一度吐くと後から汚く見える。後悔しないために自分のバッファを多くもとう。そんな大人なことはいつまでもできないとおもっていたけれど今回はできた気がする。そして、それができたからこそ訪れたチーム一体となった成果であったと思う。

 

メンバー、スタッフ、同行してくれたみんなに本当に感謝だ。楽屋に戻るとこの短くもいろいろあったツアーをねぎらう仲間たち、そしてベトナム側のスタッフの笑顔があった。知らないベトナム人が次々と訪れる。Unlimitedのメンバーも笑顔で顔をだす。

 

photo by Sugimoto

photo by Sugimoto

公演も終了し、撤去しなければいけないが、この時間は代えがたい時間だ。HienThucが最後に挨拶をしてくれた。今回のいろいろな問題点。それを改めて彼女がベトナム人を代表して謝るのだ。彼女には何も関係ないし、いろいろ気を使って、ステージまでゲストで出てくれて感謝の言葉しかない。そんな彼女の気持ちの優しさに嫌なことなんてすべて吹き飛んだよ。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

名残惜しい別れ、linhさんの笑顔、Giangの喜びよう。みんなの笑顔が僕らに力をくれる。会場をでてホテルに戻る。

 

ツアーも今日で終わり。ホテルに戻ればすでに12時近く。もうやっている店はない。打ち上げはunlimitedに誘われているということでついていくとOperaHouse横の中華だった。メンバーといきなり打解けるmasao。やはりハードロックは世界共通なのだろう。メタルの割にはコーラとかを飲んでいていわゆる「うぉー」という感じではない。反面、日本チームは飲みまくる。

 

いろいろな交流ができ、そしてそれはただの飲み会ではなく再会の約束をすることができた次につながる出会いであった。この街でいろいろな人と出会ってきた。そして今こうしてこの街に根付いている音楽家との接点が広がった。

2時近くになりそろそろ終わらないとこのまま朝になる恐れがあるのでチェックをする。当然たべまくりの飲みまくりの僕らが払うべきとこっそりと会計をしようとするとすかさず彼らのマネージャーとリーダーが走ってきて、「ここはこちらが払うからきにしないで」という。「こっちが多いから払うよ」というとマネージャが支払おうとする僕を制止するように間に入ってきて「いやこっちがさそったから」というのだ。

まるで日本のサラリーマン社会のような支払い風景。結局「では日本でご馳走するよ」ということで解決。なんだか感激したね。ご馳走してもらったことじゃないよ。そういう気遣いをする人たちであるということ、そういうベトナムのアーチストと知り合うことができたということ。ある意味へたな日本人バンドマンよりよほど律儀で規則正しい。

photo by aki

photo by aki

この国ではそれが音楽家のあるべき姿なのかもしれない。みんないたって綺麗なのだ。考え方がね。気持ちよくホテルに向かう帰り道。何故か彼らも店をでて同じ方向に向かう。ホテルの前まで送ってくれたのだ。

そして、お別れ。再会を約束する。Happy to see you!彼らともこの言葉で別れることができた。部屋に戻り恒例のビデオ反省会。もう眠くてあまり記憶にない夜。それでも、最後にみんなで集まって話すことができた。

4時前に部屋に戻る。目覚ましをセットしてとにかく寝る。ありがとう。みんな。

2008 Vietnam Tour 5

バンド No Comments

2008/12/29。

7:00起床。昨夜は途中まで外の大騒ぎで寝れなかったが結構熟睡できた。9時食事前にVANを呼んでミーティング。午後からの下見を午前中にしてもらう。9:30朝食。メンバーに今日の予定を連絡、10:30会場に向かう。

到着した会場は規模はそこそこだったが現地スタッフが事前情報をまったく持っていないことに閉口。僕らが事前に送ったセットリストやセッティング図すら持っていない状況だった。

photo by aki

photo by aki

 

ステージ自体は問題ないが機材の中にピアノがない。聞いてみると「キーボードがある」という。でも、それは求めていないし、一番最初にグランドピアノということでにーにょのパートを割り振った経緯もある。そして、それにあわせて選曲をした。ここは絶対に譲れないので「ピアノをよういして」と伝える。今からは無理だというので「絶対に用意しなければいけない。」と強くいう。結果何とかすることになったがハノイが無くなっていらついていた分、強気の交渉が良い結果に繋がった。

photo by aki

photo by aki

まあ、きたのはアップライトピアノだったがここは我慢しよう。それにしても無いって言っていたんだけれどね。照明についても演出シーンを説明して説明。今回の全体のサウンドプロデューサに酒井氏がなったこともあり、細かな指示が出せる。モニター環境についても酒井氏のオペレーションもありまったく問題なくなった。

機材があっても使い方を理解していないスタッフが多い中、それを教えるということも重要な役割だ。事実、エンジニア達は酒井氏の生徒がごとく真剣に話を聞いて作業していた。お互い教えあってステージを作る。僕らは演奏するだけだが、スタッフは仕事の仕方を伝達する。それがとても意味のあることであり、大切にしていきたい交流の形である。

photo by T.Hagiwara

photo by T.Hagiwara

演出関係の打ち合わせをしつつ、フィナーレのコラボについても打ち合わせ。このコラボについてもまったく現地アーチストサイドに話が伝わっていなかったが、unlimitedが参加したいと言ってきてボーカルとギターに参加してもらうことになった。バンドマン同士は話がらくだ。このバンド妙に凄くてベースは7弦(どうひくの??)ギターもいわゆる超早弾きの純正様式美メタルで、ベトナムでは最注目株のバンドだ。翌日、Shinonの指導のもとベトナム語の歌詞も作成したコラボ曲「blue sky」のパート決め。Yukoちゃんにも入ってもらい進行。

photo by T.Hagiwara

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そこでのやり取りが面白かったのが、が最後の部分はやはり日本語にしたいということでボーカルに日本語をおしえていた。でもなかなかしっくりこない。歌詞は「あなたに会いにゆこう」というパートでこの歌詞をおぼえさせるのに「ゆこうはyuko」と覚えさせた。これが効果をそうして完璧に。うむ、覚えるというプロセスは面白いもんだ。

 

話は戻りHo Ngoc Haと共演するという話もあり曲を準備していったがカラオケでないと歌えない?という理由で中止。ベトナムのトップシンガーといえどもクチパクが通用したりするようでスタッフは「彼女は歌手ではないから歌はだめなんだよ」といっていた。そんなこともあり僕らはunlimitedとの共演に集中する。

 

はじめてあった現場のプロデューサ(僕はミスタービーンと呼んでいる)も最初は怪訝そうだったし、僕は文句を言いまくったが、最後は僕のステージアクションの真似とかし始めて仲良くなる。一緒にステージを作る仲間が固まった。この彼も26日からこのプロジェクトに参加したという。みな,環境は一緒だ。「明日、楽しみにしているよ」。そう伝えて会場を後にする。

 

ホテルにもどり先ほどのセッティング図をコピーしてVANに。そして、14時、遅めのランチに出発。BANH XEO MUOI XIEMというバインセオの有名な店だ。ここは各種いろいろな味のバインセオが食べられる。ビール!といきたいところだが、もう本番モードなのでカフェスダで。食後、大学での演奏があるということでホテルに戻り準備をする。

 

17時に出発するので16時にメンバー集合をかける。セットリストも決めていないから、そこで決めようと思っていた。しかし、16時に集合した時点で「大学の公演は変更になりました」とmaiちゃんから電話。理由は僕らが35周年事業できているために政府の許可をとらないといけないのではと大学側がしり込みしたからだという。そんなことないのにね。でも失敗したとおもった。いつもならやると決まったら、メイン会場の下見の後に大学にちょっとでも行っておこうよ、となったはずだし、行っていればいろいろ話をしたりしてこうはならなかっただろう。この感覚よくわかるのだ。

相手からすると僕らは政府招待のVIP。ちょっとしたことでトラブルがおきたら大変だし、日本人のROCKバンドというだけでかなり警戒される。何かあったら大変だからと思うのは日本の企業の考え方と同じ。むしろ、これらの国々はその点は日本より慎重なところがある。きっと、ぼくらのステージシステムを揃えられないというのが理由でもあるんだろうけれど、下見にいって「これで充分だよ」と担当者に一言いってあげていればきっとフレンドリーに出来たろうし、うまく話はすすんだろう。いつもはそうしていた。でも、それを怠ったためではないかもしれない。

 

もともと今回はテーマが大きい。国の事業だ。だとしてもやらないよりやったほうがいいと思う僕らと、日本からの招待客に失礼があってはいけないと思う現地との温度差があったわけだ。まあ、それはいい。

photo by T.Hagiwara

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その後新聞の取材。「ハノイ公演が中止になったことについてどう思うか?」と聞かれたので思ったとおりに答えた。

 

大学でのイベントがなくなったおかげでこの日は全員でHienThucと会うことができた。到着したお店はバインセオ屋さん。それもかなりいい感じ。「昼もだけど。。」と思いつつ、前回会ったときに「バインセオ食べてないから食べたい」と彼女に言ったのを思い出した。

 

 

photo by Sugimoto

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きっと気を使ってだろう。そんなこともおぼえていてくれたのねと感謝。昼間の店とはちがってここのバインセオはなんだか異常に大きかった。そして、えび生春巻きの山。もしかしてすごく贅沢なことしていない?と思う。明日の公演にHienThucもゲストとして出てくれることになり話は盛り上がる。たいした打ち合わせが必要でないのはもう一度一緒にやっているからだと思う。

photo by T.Hagiwara

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これって重要だ。初めてやるんじゃこんなにも急に、そして軽くは決めていない、ていうかきまんない。これも日本での経験からくるものだよね、と感謝。20時過ぎにレストランを出る。HienThucのお母さんともご挨拶。なんだかいい仲間になってきたなと思う。しとしと雨の降る中、渋滞を切り抜けバスはホテルへ戻る。

 

道は大渋滞。結局1時間近くかかった。21時。ホテルに戻りGYPSYQUEEN一行はホーチミンで話題のライブハウスセブンティーンサルーンへ。今日のライブの打診をするためだ。タクシーで3万ドンの距離。到着するとドアガールが「何名?」と尋ねてくるので「マネージャーいる?」と。マネージャーに対面して僕らが日本のバンドであること、ここで数曲演奏したいがいいか?などと聞く。「いつ?」、「いまから」。ストレートだ。

 

いきなりなお願いではあるが思いがけず歓迎してもらえた。去年もここによってやっているのだが、スタッフが覚えていてくれたみたいだ。ということで問題もなくステージに上がることに。ステージではフィリピンバンドがハードコア系のサウンドで盛り上がっている。楽器を持っていかなかったがハコバンのものを借りて4曲演奏する。

 

ここでは何の制限もないのでおもいきりROCKのナンバーで攻める。会場での受けもよく気持ちいいね。ようやくここにきてテンポを思い出した。アンコールがかかるがステージを降りて飲むことに。マネージャーから差し入れのフルーツなどが届く。ハコバンからも好評で握手を交わす。音を出してなんぼのバンドマン。最初はこの人たち何?とおもっていたマネージャーの今の笑顔がすべての証だ。

 

気持ちよかった。やはり自分達でやらねばだめだ。ほかの国でもそうしていた。それを思いだした。自分たちでやるときりがない、広がらないこともある。それでも、自分たちで作ったものは格別な味わいであると僕らは知っている。帰りはホテルまで15000ドン。23時いつものバーに集合し反省会となる。

 

今日は良かった。この勢いで明日につなげよう。こんな苦境に思えることもみんなの表情は明るい。余計なことは考えることはない不安を探して顔にしわを作るよりも今回の集大成のために、気を使っていていろいろ動いてくれている大切な人たちのために集中している。みんなの気持ちが一つになったままここまで来れた明日は必ず成功する。

 

絶対なんてありえない言葉は使いたくないけれど明日は絶対に成功させるよ。

 

24時過ぎ。ホテルに戻る。昨夜とは打って変わっての静けさだ。

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