ほっと一息 HCMC滞在

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市内はバイク天国

今回のフェスでも大活躍のベトナムスケッチに行く。とりあえずのカフェスダがうまい。
このスケッチは初めて来たときから良く目にしていた現地の日本人向け媒体。
だからベトナム初心者にはもってこいの情報が満載されている。
WEBサイトもあっていろいろな情報が取れるのがいいね。
現地のことは現地に聞く事が一番だからとても貴重なネタをもらえた気分。
事務所の入り口に山積みにされたノンラー(ベトナム人が被る傘のような帽子)がほしくてむずむずだ。
ここで会った人たちはきっと次の出会いのときに何かをもたらすのだろう。いつのときもそうだ。そんな予感がした。
一緒に街をまわっらLinhさんはoneasiaVNとしてものすごい仕事をしてくれた。
音楽を通じて知り合った仲間が本当のパートナーになる。それはとてもうれしいことだよ。
なんだかHCMCにいるといつも以上に頼りがいを感じる。奥さんを載せて二人乗りで爆走するlinhさんのイメージは
日本ではないからね。
何にしてもこちらのスーパースターたちとの交渉を一手に引き受けてうごいてくれた彼のおかげでこのベトフェスは成立するわけだ。
感謝.xin cam on.
ホーチミンでの打ち合わせは多忙であった。
ツアーのときはもっと忙しいのだが、眠くて眠くて仕方がない時に取材を受けてついついうとうとしてしまってなんとか
目を覚まそうと必死に頭を働かせようとしている自分を思い出すと、お疲れ。と言いたくなる。
ステージがない分朝早くと夜遅くは自由な時間となった。
スパに行って夢心地。
ほんの一瞬のリラックスタイム。
そして、夜行便で台風を突っ切って成田へ。
そしてその日を超える時間までのRH。
いよいよなのだ。

たまにはリラックスさせてくれ

久しぶりのホーチミンへ

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そうか、一年ぶりか。
ベトナム関係の話をしているのでそんなにも来ていなかったことにおどろいた。
そう思うのもこの町があっという間に車だらけになっていることからだった。
バイク祭りは相変わらずだが、その比率が圧倒的に車に変わりつつあった。

2泊のみのハードスケジュール。いろいろな人とあっていろいろな話をしなければならない。
時間のない中変わらずの渋滞と肌触れ合うほどの隙間を縫って車と車の間をすり抜ける人たち。
アクティブさは増すばかりだ。

Ho Quynh Huong とNam Cuong

フェスまであと3週間のタイミングで僕はホーチミンに来た。最大の目的は出演者である
Ho Quynh HuongとNam Cuongとの契約を交わすためだ。コミュニケーション不足は最悪の結果を
残すこともある。それが自分たちだけだったらまあ、なんとかなるがベトナムフェス程の規模に
なると致命傷になりかねない。そんなこともあり急きょ飛ぶことになった。

そこで会ったシンガーたちはまさに最高峰のアーチストだった。彼女から最新のアルバムを受け取る。
「ちょうど今ベトナムのチャートのトップなのよ」といわれて示された曲は今回のフェスでも歌う
Anhという曲だった。「これは英語でyouという意味よ」そう教えてくれる彼女からあふれるオーラ。
2008年に共演して以来だが確実に成長している感じがした。成長どころか今や全国区のスターに
のぼりつめていた。
マジェスティックホテルの屋上のカフェ。夕闇の良い時間に赤紫に染まるサイゴンシティ。
サイト用に彼女撮影をしていると周りからフラッシュの雨が注ぐ。

今度は東京で会おうと別れた。
そしてそれももうすぐ。あと一週間でベトナムフェスティバルだ。

なんとなく凛とした国だ。

アイドリング!!!がベトフェスに

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アイドリング!!!というグループご存じだろうか?
モー娘。ではなくAKBではなくSKEやらいろいろなグループが芸能界に洪水のように
あふれている。そんなグループの中の一つアイドリング!!!というグループがあり、何やら
フジテレビが社運をかけて作ったとか名前の後のびっくりマーク3つも名前のうちとか最近
ようやくわかってきた。

うむ。とうとうアイドル好きになったか。
とお思いの諸兄もいるだろう。

そうでもなくはないが、今回ベトフェスにこのアイドルがやってくるのだ。
もともとベトフェスはアイドルを否定しているわけではない。有名な人がたくさん来ることは
いいことだし、若くて元気な人がフェスを作っていくことはとても健全である。
しかし、従来はそういう人も出てこなかったし、文化イベントとして伝統的な部分を重んじる所も
あり、アイドルとベトフェスは結びつかなかった。

何よりも何の関係もないアイドルがでて「ベトフェスyeah!」となってもちょっとおかしい。

でも、おかしくないことがおこるのだ。おかしくない適任がここにいたのだ。

アイドリング!!8号(この組織では番号制になっているらしい)のフォンチーは正真正銘の
ベトナム人。お父さんもお母さんもベトナム人の19歳のアイドルなのだ。

そんな彼女がベトフェスにくる。しかもサポーターズクラブの宣伝部長ということもあり2日間
フル参加&MCをやったり会場リポートをしたりはたまたベトナム語で(当然だが)歌も歌ってしまう
という。

これはすごいぞ。

アイドルが自分の宣伝に来るのではなく、ベトフェスの宣伝をしようと頑張ろうとしている。
なぜ?それはベトナム人だから。ベトナムが好きだから。

えらいぞフォンチー。

それならば僕らも協力しないわけにはいかないではないか。

面白いことが今年も待っている。

ベトナムフェスサポーターズクラブ宣伝部長のフォンチー

Veietnam Festival2010に向けて

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この暑い時期になると思いだすベトナムフェスの準備期間。

そのフェスも総会が開催されいよいよ本番へのカウントダウンとなる。
今回は08年にホーチミンで共演したHo Quynh Huongが来日する。

歌唱力という点においてはmylinhに匹敵するんじゃないかな?
ステージが楽しみだ。

国内からもダイヤモンド☆ユカイさんが参加。R&Rな感じになるだろう。うむ、楽しみだ。

08年12月 ホーチミンのイベントで。ここでHoQuynhHuongと出会った

GYPSYQUEENはというと今年もチャレンジ。ほとんどの曲をベトナム語のカバーにしてみた。

これは意図的にしてみたことなんだけれど、やはりベトナムのフェスだからね、ということと

そのオリジナルの楽曲の中でそれだけ僕等がアレンジをする事ができるか、という一つのチャレンジ。

元からある音源をそのままやるなら誰かがやればいい、僕ら出ないとこうはならないという音が作れるのがバンド

なんじゃないか、と思って地道な作業に入っている日々です。

メンバーの個性の詰まった作品。みんな、がんばっているね。

楽しみにしてほしい。

ラオロック

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ラオスにロック

5末のラオフェス以来だな。
ものすごくご無沙汰してしまった。

5月のフェスが終わった後、しばらくしてラオス大使館でお祝いの打ち上げがあった。
そこで「何曲か演奏を」とお願いされもちろん快く参加させてもらう。まさにお祝いだからね。

シートン大使はすごく喜んでいた。大成功だったからね。主催の国際学園の先生たちもすごく
喜んでいた。そして何よりもここに来ていない生徒たちもとんでもない充実感があったんじゃないか
とおもう。

ある意味うらやましいよね。高校生がアジアの一国のイベントを主体として活動できるなんて。
きっととびきりの思い出になったんだろうな。

そして、このときは一つのチャレンジをした。いつかはマスターしたいと思っていたラオダンス。
でも、そんなに今までは興味はなかった。ロッカーだしね。まあ、それは関係ないけれど
踊るより弾く事の方が好きだからね。

でも、覚えたいと思った。
それはフェスの最後のフィナーレのときに僕らが演奏する「クラパクサン」のロックバージョンに
ラオスから来日していた舞踊チームの女性たちがこのリズムに合わせてラオダンスをおどっていたんだ。

それはもうかっこ良かった。

日頃から伝統芸能とロックの融合点はある、というテーマの下、いろいろなアレンジをしているのに
本当にこうして目の前でロックにのるラオスの伝統ダンスを見るのは衝撃だったな。
最高にかっこ良かった。
そんなこともありこのダンスのステップを覚えておこうと思ったのです。
なんで。って?それは次のステージで一緒に踊りたいからね。

弾きながらステップが踏めるかは分からないけれど、無意識に踊れるようになれば立派なラオベーシスト。
この踊りロックに取り入れることが絶対出来る。
伝統の素晴らしさを今、活かしていくことが重要。
シンをきることも重要。
良いものを良い形で活かしていこう。

癒されて癒されて

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GQとアー

ラオフェスが終わって一週間。
癒されたなぁ。なんだろう、本当にラオス人の穏やかさ、優しさにはいつも心を癒される。

人は自分にないものに憧れをもつというが、僕はそうなんだろう。
このラオスの人々のソフトさがとても好きだ。

僕の言うソフトさというのは決してアバウト差とかそういうことではなくてね。
アバウトな事はあまり好きではないのでそういう意味ではないことを付け加えておかないとね。

実際僕等が接しているラオスの人々はみなきっちりしているし、素敵な人ばかり。
そんな出会いがどんどんこの国を好きにさせる。

本当にそういう気持ちにさせてくれるね。

荒井先生、シートン大使と

フェスのグランドフィナーレの映像を見た。
うむ、非常によい感じ。この日はアレクサンドラは参加できなかったが
CELLSとアー、そしてサンドラパパの連れてきた舞踊団もステージに。
途中で踊るラオダンス(なんというかわからないんだけれど、盛り上がってくると
みなこのステップを踏む。ランボンとは違うんだよね)がとっても民族的で
ぞくっとする。いい時間だった。

映像はこちら↓

Finalewatch?v=k5fMuXsBHvo

07年に参加できなかったのでようやく今年ラオスを日本でも満喫できたと思う。

若き情熱

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今回のラオフェス。いつもの公演と違うところがあった。
中野さんや氏神さんというすばらしいシンガーとの共演はもちろんのことだがもう一つのトピックス。子供達とのステージだ。

これはこのイベントに参加させてもらうことが決まった時点から考えていたことだった。何かラオフェスだからこそできることをしたい。

イベントの主催者の国際学園は子供達の学習の意味合いも含めて、ラオスに学校を
立てる活動を行っている。大人になればそれもわかるが子供達が異国の子供達のため
に何かをやろうということは、僕らのそれとは異なり、とても大変だと思うし、実際自
分が高校生だった頃、そんな視野を持っていたかというとただのぼんぼん高校生であったと思う。

時代が違うといえばそれまでだが、そんな話を先生に聞いてから、ここの生徒はどんな子達なんだろう。という気持ちが湧いてきた。

ちょうどその頃、仙台からきた小学生に、ラオスのことをお話するミニセミナーをやったばかりでそのときも子供達のきらきらした目を見て驚かされた。
セミナーの最後に「ぼくはいつもアジアにいくと、きらきらした目をしたアジアの子供達に、日本人の子供達にもみんなのような元気な子供達がアジアにいるってことを伝えようとおもいます。といっているんだ。だけれども、日本にもこんなにたくさんのきれいな目をした子供達がいることをこれからは伝えていきたいと思います。」

と言った記憶がある。

自分の中で勝手に今の子供は元気が無い、なんて作り上げていただけだ。

そんなこともあり、国際学園の子供と何かやりたいな、なんて思っていた。でも、プロのダンサーではないしどこまでできるのだろうか?ダンスにどれだけの情熱を持っているのだろうか?ということについては不明だった。

そして、春。学園の奥谷先生のご招待でダンス部の発表会に行った。楽しみだったし、どきどきでもあった。そして。

そこでみた子供達はまさに輝いていた。

「踊ることが楽しい!」
「ダンスをしている今が最高!」

全身からその力がほとばしるほどのステージだった。

やりたいからやる。大好きだから頑張る。

音楽の基本もそうだ。

そんな彼らとのステージがある。それが今回のトピックスでもあった。
僕らの音楽でこれからの子供達に何を伝えられるかなんて大それたものではないと思う。しかし、生バンドで踊る。大きなステージで踊るということはきっと彼らにとって何か一つのトピックスを提供できたかもしれない。

ステージではみな気持ちよさそうに舞っていた。
帰り際、子供達が笑顔でshinonに声をかけて帰っていく。
また、やりたいな。
そうおもった。

音楽によって交流するのは何も異国の人ばかりじゃない。
中国で「音楽は国境を越える」と学生に言われた。
そうだ、国境も年齢も経験も全て越えることができるのさ。
大事なことはできる、出来ないじゃない。
今やっていることが重要なんだな。
また、どこかであの子達と同じ舞台に立ちたいなと思った。

ポップカンマイ!

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ラオフェス二日目は大雨。
ある意味ラオスっぽい?そう、雨には強いのだ。

ということで会場に。昨日と比べると格段に人の出は少ない。
そうか、ここは日本だった。雨には弱い国だ。
ステージも寂しい感じであったが、そこを盛り上げねばということで気持ちも入れる。
やりはじめるとお客さんもだんだん集まってきていい感じに。
今回は基本的にラオス語でいこうということに専念してセットもそんな感じにした。

なので日本人のお客さんにはあまりわからないだろうなぁ、と思いつつ
それがラオフェスの本流だからいいのだ、と心に決めてセットリストを作成。

いつもこの手のフェスならばROCKで盛り上げていくが、しっとりとした曲で行く。
それだからこそ、ラオス人のお客さんはよろこんでくれた。ブンミーさんもいつもとは
違う顔で盛り上がってくれていた。
これでいい。


遠く離れたこの国で日本人が演奏するラオス語の曲はどれだけ彼らの
心の中に残っていくだろうか。
ラオスを思い出してくれれば本望である。
音楽とはそういうものなのだ。

GYPSYQUEENのあとしばらく時間があったので会場にでてブースコーナーへ。
ビアラオにご挨拶。なんていってもビアラオは僕らの大好物。
masaoは常時ビアラオジャケット着ているしね。
そして、このフェスも大詰めである。最後の出演者サンプラザ中野くん
さんの出番だ。3曲だが、僕らもきっちりやらないとね。気持ちは自然と入っていく。
中野さんはやはりすばらしく、本番前に覚えたサバイディ、とコプチャイ
そしてコイスーサンプラザナカノクン、の3つのラオス語で会場を見事に
まで盛り上げる。天才だ。

凄いぞ。中野さん。

そして、フィナーレへ。
フィナーレでの僕らが何をすればいいかはあまりわからなかったが、演奏をすることになり、さらに
ラオス人全員がステージに出てのフィナーレいうことになり、当然重要な任務となった。
もちろん、頑張るしかない。

dan hang it sa laをロックアレンジに変えて、イエンサバイサオナもラオスバー
ジョンに変更。
間際の変更だがみな文句一つ言わない。これがスーパーポジティブ集団GYPSY QUEENの
所以であろう。大切なことは何のためにステージに立つかだ。それがわかっていれば
いま僕らがやらなければいけないことは一つ。そこに全員で取り組むだけだ。

荒井実行委員長とシートン大使のご挨拶のあとステージに。
しのんの登場とともにラオスのアーチストがみなステージに上がる。
はじめてラオス人歌手と一緒に歌うdan hang it sa la。

あたりまえだがみんな歌えるし、ラオス人の歌うこの歌はshinonとはまた違った
味があり美しい。

オーバーダンスというグループのボーカルアーは一昨年にもこのフェスで来日してい
るラオスの代表的なシンガー。彼に挨拶に行くと「知っているよ、毎日テレビで
GYPSYQUEENを見ているよ」といわれる。僕らのPVがラオスのMTVで毎日放映されてい
るということで、仲良くなるのにさほど時間はかからなかった。

CELLSのみんなはラオスのハードロックのトップアーチスト。演奏はヘビーだ。そん
な彼らも物凄くいいやつらで謙虚でまじめ。ラオス人共通の礼儀正しさは仏教の教え
からか。
「一緒にステージで演奏しようか、楽器かそうか?」というと「歌と盛り上げ役をやるの
でGYPSYQUEENさんが演奏してください。楽器を貸してくれると申し出をしてくれてあ
りがとう」といってくる。

謙虚だ。
すごいぞ。CELLS。
凄いぞ。ラオスの教え。

そんな彼らと共に、実行委員会の人々、大使館の人々とファイナルを迎える。

see you next time!

最後にシートン大使の言葉が会場に響く。
最高の笑顔。そして、みな楽しんだ。
みな笑顔だ。

よかった。

ポップカンマイ!

Laos Festival

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いよいよはじまったラオスフェスティバル。2年前の第一回目のときはベトナムにいたので参加できなかった。

そういう意味では僕等にとって初のラオフェスである。

ビアラオが飲める!

会場に着くとその人の多さでびっくり。結局初日は9万人の人出という。

すごいぞ。ラオス。

ステージまでは時間があったので会場を一回り。いろいろなお店が立ち並ぶ。ラオス100%という店が少ないのは残念だけれど

ビアラオがその存在感を表す。なんていってもこのビアラオ最高ですよ。ほんと。会場はすごく混んでいてゆっくりまわるというほど

時間はなかったが大使館のブースにいったり、歩いているといろいろな人に会えてなんだかラオスにいる気分に。それがいいんだよね。

ステージをみるとしっかりしたかんばんや協賛社のバナー、そして照明の数も結構あるぞ。そんなことが気になる。

一昨年の映像を見たが天地の差だ。この設備のすごさ。

すごいぞ。ラオス。

民族舞踊や、会場ではシンの販売とかなかなかみれないラオスの民芸があふれる。現地の10倍くらいの

値段だがそれはいたしかたない。飛行機代を考えればね。みんな知らないだろう。この国の素晴らしさ。

だから見に来て感じてほしいね。

楽屋にいるとなんとサンドラのお父さんが。これは懐かしい。以前vientianeのサンドラの家に行ったときに

いろいろ面倒を見てくれた優しいお父さんだ。今回はラオスから舞踊団を連れてきているという。芸能一家だからね。

サンドラパパと

そして、いよいよステージ。

GYPSYQUEENはラオスにちなんだ曲を選曲。Bor Luem vientianeは故郷vientianeの素晴らしさを歌ったもの。

Dan Hang it sa laはラオスの独立のときに歌われた自由の歌だ。この曲は僕らのCDにも収録している唯一のラオス語曲。

ものすごくきれいなメロディで、ラオスのバンビエンというところに行ったときに当時の政府の担当者がべろべろに酔って

alunaのホテルで歌っていた曲をアレンジして僕等のレパートリーに加えた曲だ。

こうして選曲しているとその時その時の風景が思い浮かぶ。

「ああ、あの時はこんなかんじだったなぁ」とか「alunaげんきかなぁ?」と。

そんな思いがたくさんあるので演奏をしていても楽しい。

そして、オリジナル曲vientianeも。

この曲は僕等が初めてラオスに行った時、帰国後に書いた曲だ。何も知らなかったラオス、行ってびっくりして

感動して、今までうっすらと違うものを想像していた自分の知識との差に驚き、改めてラオスについて思い出しながら

作った曲。僕等のラオス入門曲でもある。

ラオスについた夜。赤嶺さんとコプチャイドゥで飲んでいたときに急に激しいスコールに襲われた時のことを思い出した。

後半は国際学園の生徒にも参加してもらいクラパクサンを。

このダンス部の生徒。ものすごくいいのよ。

なんというのかな。ダンスが好きです!そんな気持ちがあふれている。

好きだという気持ちには何もかなわない。その強力な情熱に感動した。

そして一緒にステージに上がってもらうことになる。

みんなこれからたくさんの夢を抱えていくんだろう。

なんでも思い通りにはならない。

だけれど思い通りになれなくてもよかったと思える生き方をしてくれればいい。

自分を大切にしてこれからの長い人生を過ごしてほしい。そうすればきっと素晴らしい未来が待っている。

そんな中でこのラオフェスが彼らの記憶の中でしっかりと一つのページになってくれれば

僕等の存在意義にもなるね。

そして、最後はkobjai。これもラオスで作った曲。まあ、セッション曲だ。

なかなかそられないラオス語。kobjaiはラオス語でありがとう。この言葉だけでも日本人に覚えてほしいと思う。

ここでAlexandra登場。ラオスのアイドルとの出会いは2004年。vientianeのNational Culture Hallで共演して以来友人として

付き合っている。少しづつ大人になってくる彼女。今では大人の女になった。

kobjaiも彼女との初めて演奏した曲だ。今日は久々だし、RHなしということで緊張もあったが、さすがサンドラ。

クールなラップで決めてくれた。

すごいぞ。サンドラ。

そして江戸時代からきた氏神さん。

氏神アジワンとして3曲を演奏する。

ラオス語は何も知らない。しかし、kobjaiを連発する。

すごいぞ。氏神さん。

豪華な9人のダンサー&エミッコの2人を加えてステージは大所帯。

コスチュームもこだわって盛り上げてくれる。

学園の生徒にも共通するが「やりたい!たのしい!」powerは何よりも強い。

この気持ちは音楽の基本になるんだろう。

もちろん僕もその気持ちを持つ。しかし、時にはそれが思い出せない時もある。

そんな時はだいたいしょぼい自分がいる。

そんな自分でいたくない。このみんなのパワーの中にいるとまるで充電されるように力がみなぎってくるのが

分かる。

すごいぞ。みんな。

コンサートも終わりビアラオをのみつつ、CELLの演奏を見る。ラオスから来たアーチストはもろROCKだった。

ラオスは変わってきている。このrockもOKなんだ。と思う。毎度のことだが国はどんどん変わる。

経験をあまり分厚い盾にするのはやめよう。いつでもスポンジのように吸収力のあるように。

終了後はお台場に。サンドラのバースデーパーティに参加する。

メンツは20人ほどでサンドラのプライベートパーティ。

レインボーブリッジを眺めるゴージャスなホテルのテラスでバースデーを過ごすサンドラ。

共通語は英語。そこにはランボンを踊る人はいない。

ドレスアップした多国籍の友人たちとラオスのスターはこうして一つ年を重ねる。

明日の準備もあり途中で変えることにしたがとびきりキュートなサンドラのBarthdayは素敵な空間だった。

そして今日最終日。

今日はサンプラザ中野くんさんとのステージもある。ラオスフェスを通して多くの人にこの国を知ってもらいたい。

みんなが思っているイメージは一瞬にして壊れるだろう。そして、この魅力に取りつかれると思うよ。

ラオスで頑張ろうという言葉はないと以前聞いた。それを僕は「ラオスでは頑張るっていう言葉はないんだよ」と

何でも知っているように話した。でも今はそんなことはない。みな同じように頑張るし、ちょっとちがうとすれば

頑張るという表現ではなくて楽しむという表現なんだろう。

それは自然だ。

この美しい自然体。

僕等も十分に楽しんでこよう。

kob jai

laos festival2010

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いよいよ今週末はラオスフェスティバル。

北京から頭の切り替えはできるの?とよく聞かれるが全然関係ないんだよね。

もちろん新しく覚えることや知ることはあるけれど基本的に体の中に皆入っているのでたとえばパスタをたべた翌日に中華をたべて「うん、胃がきりかわらないな」といっているのと同じ。

ただ、気持ち的には大きく切り替える。

ラオスは2002年から行っているアセアンの大切な国。

中国でもそうだが、ここにもとっても大切な人がたくさんいる。

今回のライブでもアレクサンドラと共演したり、いろいろ良き関係が広がるだろう。

22日には氏神一番さん、23日にはサンプラザ中野くんさんも登場する。

シートン大使もきっと喜んでくれるだろう。07年の時には日本にいなかったので参加できなかったからね。

代々木でラオスの曲を広めていこう。いいリズム、いいメロディの曲がラオスにはたくさんある。一人でも多くの人がラオスを知ってくれればいいと思う。

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