はじまりは貴州から

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今年もあと一日。

本当にいろいろなことがあった年だけれど、なんとかそれを乗り越えてこれた年だった。

すべては助けてくれた人々のおかげで今年ほど、人に頼って生きていること、助けられて生きていることを痛感した年もなかったね。

それは自分にとってもプラスになったと思う。

悲しいことばかりが続いて、どうすればいいのだろうと考えたけれどできることをできる限りやっていくということも

今年はできたと思う。そして、まだまだやらなければいけないことや責任を持って取り組まなければいけないことも。

きっかけを作ってくれた貴州に来年も行くことになった。このときにはちゃんとお礼を言わないとね。日本のために祈ってくれたことに

僕はどうして応えていけばいいだろう。会いに行こう、そして今の日本を伝えよう。そしていつまでも続く支援の輪を伝えてこようとおもう。

すべてはここから。震災直後の貴州で日本のためにみんなが千羽鶴を折ってくれた

なぜ中国へ

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ちんくん、しのん、ようちゃん、viviちゃん 長沙フィナーレにて

 

長沙から帰国してすぐに上海だったので本当に時間がたった気がするがまだ一ヶ月もたっていないんだな。
帰国してからもいろいろな人と話すことがあった。その中で、いつもはじめて会う人には「なぜ中国にいく?」と必ず聞かれる。その理由はさまざまだがそのひとつを話したいと思う。

今回、通訳を務めてくれたちんくん、ようちゃん。この若い学生の二人のすばらしさが今の中国のすごさを表していると感じた。

もちろん、今回はアテンドをするという目的で彼らは参加したその上での関係ではあるがそこは人間、特にハードなケジュールの現場が続けばその本質は出てくるものだ。
彼らに感じたのは「知性」。
言葉使いはきちんとしたビジネスマン同様。若干のミスはあってもいわゆるイントネーションが違うとか通常では使わない古い言葉使いは一切ない。

まるで日本のどこかに普通に住んでいる学生と会話するように話が進む。僕らもいつしか普通に東京でコンサートをやるような感じになってきた。
それほど彼らは僕らの平常心をキープしてくれた。

日本の文化にも造詣が深く、小説や日本国についても良く知っているし、理解している。そしてそれをよしとして受け入れてくれている。

そして「柔軟性」。
次々に変わる環境の中ではきめたことが状況により変わることは当たり前だ。以前なら「それは聞いていない」、「私は関係ない」という人もいたと思う。

でも、彼らは僕らのチームと一体となってそして譲り合いながら対処する能力があった。

日本人の旅行会社の添乗員はいつもとても親切だ。そして、リカバリーがきき、ツアー中にトラブルがあってもそれをよき思い出に変えてくれる力がある。

だから、僕らは日本の旅行会社のツアーを好むのだが、それと同じくらいの心遣いも彼らは十分に持っている。

 

そして「中国語が堪能」。
まあ、あたりまえだが、中国人として交渉し、会話し、問題解決に当たってくれる。

さっきまで普通の会話をしていた彼らが僕らの出す難題を現地サイドと粘り強く交渉をして纏め上げてくれる。

 

そして、彼らには大きな夢がある。これからの人生をどう生きていくかをこの年で悩み、真剣に考えている。

旅の途中「日本で働くのもいいんじゃない?」というと父母のいる所にいてあげたいから海外は無理かも、と親への恩も大切にしている。

 

いいね。本当にいいね。最高だよ

 

 

たった一つの出会いではあるがその中に計り知れないほどのすばらしさを持つ彼らに対して思うことは感謝の一言だ。

 

これがもし逆の立場であれば、僕ら日本人はもっと多くの中国人に好かれそして、交流は無限に広がるだろう。

僕はなりたい。彼らのように能力と希望を兼ねそろえる人に。

音楽は国境を越える、言葉は越えた国境で役に立つ。

 

 

最初に戻ろう。
なぜ中国に行く?ときかれるといろいろな理由があり回答に困ることがある。
例えばこのことひとつをとっても僕が再び中国に向かう理由として十分すぎるわけだからね。

でも、まずはそれらをとりまとめてこういう「会いたい人がそこにいるから行く、待ってくれている人がそこにいるから行く」

 

僕らはいつもチームだ。

 

上海5

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バックステージに戻るとみんなの笑顔がまっていた。

ライブはうまくいっただろうか?それを評価してくれるのは和僑会の人々だ。それはみんなの笑顔でわかる。まあ合格点をもらえたのかなと。

finale

 

上海で開かれるアジア大会の最後を締めるこのライブ。有終の美を飾りたかったのでなんとなく肩の荷が下りたという感じだ。

バックステージでは次につながる話もいろいろ頂いた。

こうして人と人の連鎖で新しいことが次々に起きてくる。楽しいね。

そして、時間は12時近くなっている。急いでホテルに戻り打ち上げへ。

今日は火鍋打ち上げだ。かなりぐったりぎみだったが会場につく頃には復活。

四川の火鍋と比べればちょうど良い感じの辛さ。もはや四川と湖南の激カラを体験している僕らに怖い辛さはない。

大混雑の中、乾杯。中野さんも寺田さんも氏神さんも喜んでくれている。それが何よりだ。会場があまりにも混雑しているのでいろいろな人と会話できなかったのが残念であるがそれ
はまたの機会にとっておこう。和僑会も拡大しており、アジアだけでなく北米でも立ち上がってきた。

 

アセアン諸国にも広がっている。シンガポールやインドネシアにいく日も近いだろう。

そして、そのときにはまたスペシャルな仲間に声をかけて準備をしていこうと思う。

 

会場を出るときにもみんなに見送ってもらった。再会を約束。そう、必ずまた会いに来るよ。

この連鎖が続くまでね。深夜の道はすいている。ホテルに戻ってさてもう一杯という感じで町へ。

 

しかし、さすがの上海でもこの時間になると全滅であった。さらにマッサージもすでに終了していてだめ。マッサージ屋の扉をたたいたら開いていたので勝手に中に入っていったが、奥から寝巻きの子が眠そうに出て
きたのでやめておいた。まあ、3時過ぎているからね。「中心部にいこうか!」という話も出たが結局コンビニで買い物をしてホテルの部屋に。

恒例のビデオ反省会だ。

まだまだ、目指すところは先の先ではあるが今回は本当にみんな良くがんばった。中野さん、寺田さんのマネージャともかなり盛り上がった感じになった。

 

特に初日に中野さんが「中国にもパワースポットがあってそれは湖南省にあるらしい」的なことを行ったときに僕らは仰天だったな。

だって僕らも先週初めて聞いた地名、張家界という世界遺産の名前を中野さんから聞くなんてね。

「それって張家界!ですよね!先日そこで行われる音楽祭に行かないかと打診されましたよ」と興奮気味に話してしまったことも懐かしいがまだ昨日のことだ。

「まさに運命的な発言だよね」とみんなで盛り上がる。

ホテル前で

 

こういう縁がつながるときはあっという間に何かが進んでいく。「一緒に行きましょう!」当然盛り上がる。

 

そして、4時も過ぎたころに黒田さんもアイスクリーム持参で登場。

今回のステージ再度のプロデューサである。準備期間中、忙しい中、いろいろ調整をしてくれて本当に感謝だ。

このまま朝まで!と行きたいところだが睡魔も限界に。このままいると確実に朝になると思ったのでとりあえず中締めをする。

 

すでに5時だ。明日はゆっくりだが一度解散。ふらふらになりながら部屋に戻る。6時前就寝。

 

よかった本当に良かった。

ここにみんなを連れてきて本当に良かった。

 

 

2011/11/27
ゆっくりの朝。こんなことは過去のツアーでもめったにない。超嬉しい。

荷物の片付けやレポートを書いたりして11時に昨日いけなかったマッサージに向かう。

ここは基本1時間40元。かなりの安さだと思う。

一昨日も来たのだが妙に気に入られてずっとおしゃべりタイムだけになる従業員がいる。

そして、その彼と話しているとこれもまた恐ろしくびっくり。

なんと湖南省の人だって!このめぐり合わせ!狭すぎだよ今回も!ということで毛主席の生家のことやもちろん張家界、そして李白のことなどを語る。

びびちゃんがQQのアドレスも交換し早速交流。またここに来そうな予感満載だ。
12:30にホテルに戻りロビー集合。昼はどこに行こうか迷ったがなんとなくKFCに。相変わらず欧米化した僕ら。

ちょっと辛めのチキンがおいしくてね。

でも33元もするということはまだまだ高級品なんだなと思う。途中ショッピング中の寺田さんと遭遇。早速真っ赤なベストを買っていた。

妙に似合っていた。あまり時間もなくスタバ経由でホテルにもどる。

 

いよいよこの弾丸ツアーも終わりが近い。14時にロビー集合し黒田さんと14:20にホテルで別れて空港へ。

空港まではウー君が一緒に来てくれた。

本当にあっという間の三日間だったな。

1505空港着。ちょっと込んでいたが無事1540チェックイン、ここでウー君ともお別れ。

僕らの姿が見えなくなるまで手を振ってくれている。いいやつだ。日本にきたらご馳走してあげよう。

こうしてまたひとつ新しい絆が広がったんだなと思う。

 

買い物をしてそれぞれ集合となるが、搭乗時間16:15になってもゲートは開かず結局一時間遅れでMU271便はテイクオフ。

 

機内も混んでいて更になぜか僕だけが遠く後ろの席に離れていた。まあ、ゆっくりしていこう。ツアーのまとめや映像チェックをする。昨日のことがよみがえるね。

 

そして、そんな座席配置にも理由があった。

偶然隣の席の方は中国でいろいろ活動されている方。いつどこから何が始まるかまったくわからないよ。

意気投合。帰りの機内でさえ、こんなサプライズをくれた。仕込まれていた様な気になるのも不思議じゃない。

また、楽しみが一つ広がったね。

 

 

 

第四章2幕はここで閉じることになる。

ほんの2週間前に終えた前回の反省を持って望んだ今回。完璧とは行かないがかなりの修正ができた僕らはいまだ進化の過程にある。
寺田さんの歌の歌詞を借りれば「限界まであきらめない」なんだろうか。

それを実践することは難しいことだがなんとかなっている現状が明日を創り出す。
今年は本当にいろいろなことがあった。

世の中もGYPSYQUEENにとっても自分個人にとってもだ。

忘れられない一年になったことは間違いない。

 

辛い事が多い今年もこのツアーのおかげで勝ち越すことができた。以降何度も思い出されるだろう今年2011年の印象はどう記されていくことだろうか。

次のステップが見えてきた今年。次に何が必要かが定まってきた今年。限りがあるできる事のリミッターをはずして次に進もう。

 

NoといわないGYPSY QUEENは健在だ。来年もすべてYesといい続けよう。
そのくらいのことと思える仲間と共に。

 

22:20。約1時間遅れて成田に到着。

そんなに疲れはない。来年に向けた宿題をたくさん持って帰路に着く。

 

みんなお疲れさま。本当にありがとう。

 

 

 

 

GYPSY QUEEN ROAD TO ASIA#32
2011/11/25-2011/11/27
All together

上海4

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インターバルを経ていよいよ寺田さん。

競演という意味では今回が初めてになる。ベトフェスでのすばらしいステージをみてどうしても参加してほしかった。

アジアでは見ないタイプの女性ロックボーカル。その思いに応えてくれてタイトな予定の中の参加。

その分満足して帰ってほしい、バンドのメンバーも同じ思いであろう。「のんほ(上海語でニーハオ)」で登場。

寺田恵子

 

一曲目は「私は嵐」で始まった。machaのギターもいいね。さすが何でもこなせる強さだ。

会場を一瞬で引き込むボーカル。すばらしいとしか言いようがない。そして、続くこの日はアコースティックにバンドを加えたバージョンを3曲。

「冷たい月」「限界LOVERS」とつながる。

限界のアレンジは非常にかっこよくぼくらGYPSY QUEENが得意とするパターンだ。

 

「RocknRoll」では会場を巻き込んで盛り上がる。shinonも参考になるだろう。この曲でここまで持っていくのは彼女くらいなんじゃないか?
はじめてみる上海の人たちを魅了してステージを終える。ここまで完璧に予定通りで進む。

音楽をやっているとノリで時間が延びてしまう人がいる。でも、それは絶対に良くない。単なる身勝手であると思う。

だからこそ、想定をしてきちんとしたタイム管理をしたい。それが本当にみんなが楽しめることであると思う。

そんな大人な進行の中完璧にこなす仲間とのステージは本当に心地よい。

 

そして、最後にサンプラザ中野くん。もう登場からボルテージは上がりっぱなしだ。

「大きなたまねぎの下で」から始まり次に地震の支援ソング「tomoshibi」を歌う。

これは中国版をBeyondのwingも歌ってくれている。

サンプラザ中野くん

 

今日のコンサートにもこれそうだったが香港でのステージが決まってしまい参加できなかった。

彼の気持ちを形にするためにも次の機会に競演できるようにしたい。

日本人と中国人によるバンドを作ることは40周年に向けての僕の夢だ。どこからどこまでが日本とか中国ではなくみんな一緒。まさにoneasiaなチームが作れればいい。

それは次回にとっておこう。

希望の道

そして、後半は定番。「旅人よ」、「ランナー」と続く。

誰もが知っているヒット曲を持っている強さを痛感させられる。

東京と変わらない盛り上がりだ。世界20箇所に広がる和僑会。きっと加速度的に増えるだろう。その創生期にあたる今、ここにかかわれることは非常に幸せだ。

ステージが終わり最後のセッションになる。酸欠でかなり苦しい環境だがもう少しだ。

 

楽曲「希望の道」は東日本大震災支援で歌っている日本語は氏神さん、中国語はwing、ベトナム語はLamTruongが歌ってくれている。それぞれアプローチも異なるこの曲をもっと伝えていきたいと思う。

「tomoshibi」同様wingがこれなかったので競演はなかったがきっと近いうちに実現することだろう。今日は日本人ボーカル4人による競演。そして最後の最後、「和僑の風になれ」でコンサートは締めくくられる。
筒井会長もステージに上がってきた。今回の幹事の増井さんの顔も見える。藤岡さん。いい顔をしていたね。

いろいろな思いの中で次に向かって前に進んでいこう。僕らも音楽の和僑だ。

日本を世界に伝え、世界を日本に伝える。次の時代のために、次の日本のために何かをする年になってきた。

 

今やらなければいつやる?そんな思いを共有する仲間とのステージ、そしてそれに共感してくれるみんなに助けられて完成したステージ。

 

この場を作ってくれたみんなに感謝だ。

上海3

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音響のスタッフも古くはARKからの顔見知り。安心してプレイに専念できる。北京の時からお世話になっているSAM2さんも探したが結局会えなかった。

でももしかしたら、打ち上げにひょっこり来るかもしれないね。

 

新しいMAOはロビーも広く何より楽屋が充実している。微妙にDeepな赤に染まる楽屋で待機をしているうちにいよいよ本番の時間となった。

受付。新譜 和僑の風になれ発売

 

一緒に出演する小松君とも久しぶりの再会だね。こちらで頑張っている彼はどんどんたくましくなっている。

オープニングのパフォーマンスも終わりいよいよ彼らのステージが始まった。

楽屋にも客席の反応が聞こえてくる。いい感じだ。

 

バックステージでは精神統一をする中野さん、おちゃめな寺田さん、そわそわぎみの氏神さんと三者三様のスタンバイとなっていた。

僕らGYPSY QUEENも淡々と準備をする。

GYPSY QUEENで出たらそのまま最後までその勢いで行くんだろうな。今日の企画はかなり盛りだくさんで時間的にもタイトだ。

あまり押してしまうと最後の出演者、サンプラザ中野くんガつらくなる。なので全体進行については非常にデリケートになっていた。そんなときに東京和僑会の三浦さんが「時間通りに進めます、任せておいてください」と時間死守を宣言してくれた。

僕らを安心させてくれる。つじつまを合わせてくれる人がいる。

こういう時みんなの力が集結する和僑会はほかの何よりも強い。

 

Pray for japanで過酷なスケジュールで戦った仲間は特に強い絆で結ばれているのだ。

これはそのまま「和僑の風になれ」につながるね。そんなリアルな歌なんだなと改めて思う。

 

彼らとの心の息遣いを歌詞にしただけだからね。さあ、いよいよ僕らの出番だ。

GYPSYQUEEN

 

一年前中国でぼろぼろになっていた時に和僑会のイベントで何とか気持ちを持ち直すことができた。それがなかったら今こうして中国で活動していなかったかもしれない。

そして、3月の貴州のあとにいろいろな話をした。レコーディングも行いそこから5月のPray for japanにつながる。

 

この急遽立ち上げたチャリティコンサートにヒントをくれたのは上海和僑会の藤岡さんだった。

そしてそれは東京の三浦さんとつながり、今の関係ができた。

感謝だけでは語りつくせない気持ち。それをプレイに出せばいい。

今日のGYPSY QUEENいつもとはセットを変えて「Alfred&Julia」から行く。お客さんは半分以上日本人だからね。もう一曲目から飛ばしていこうじゃないか。

客席を見ると日本人と中国人。いろいろな顔が見える。持ち時間がそれぞれ30分なので一気に乗り切ろう。Shinonも今年の中で一番調子がいい感じだ。

バンドも前回の反省点は解消され流れがよくなっていた。これで課題が一つ消えた、そしまた更に精度を上げていこう。

 

そういえば今日が中国ライブとしては今年最後になるな。あっという間だね。最後に今日リリースとなる「和僑の風になれ」をやる。

この歌は和僑のための歌だからみんなにもステージで出てもらうことにした。

事前に提案しておいた「we」と「can」と「change」と書かれた旗は和僑のテーマでもあり筒井会長と最初に会った時の言葉でもある。

当初、上海に来る前に僕の想像の世界で書いたこの歌にリアルな言葉が追加された

「心の絆をつなぐ仲間が今ここに。君の手は離さない。一人じゃない。言葉を交わせばフレンドリーな君も仲間になる」

という部分は筒井会長と上海のワインバーで飲んだ時にできたものだ。

和僑の風になれ

 

あのときはいろいろな話をした。そしてものすごく感銘を受けたね。

だからこそこのメロディは非常に重要な意味を持つ。

人を愛し和僑を立ち上げた人たちに贈る「絆」の言葉である。

 

この曲で今年の中国でのGYPSY QUEENのステージは終わる。今年一年いろいろなことがあった。本当にありすぎるくらいにね。

それをよく乗り越えてきました。GYPSY QUEEN。お疲れ様。

 

氏神一番

ステージは続く。氏神さんの登場。本当にこの手のイベントでのインパクトというかパワーは素晴らしい。

「飛んで日本」「オエド」と立て続けに歌いそしてあっという間に過ぎ去っていくパフォーマンス。

さすがだ。

 

上海2

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2011/11/26

今日も午前中はゆっくりできてランチ集合。まるで夢のようだ。

しかしちゃんと8時に朝食。ここで今回の説明をメンバーにもできた。

天山路

 

和僑会との関係を去年からつづる。もともと2009年3月に初めて出会い、2010年の12月にゲストで読んでもらった。

そして、2011年3月に再開し「和僑の風になれ」のコーラスを収録した。7月には北京で再会しCD化を決めそして今に至る。

 

人と人のつながりは素晴らしく大きな感動と成果を生む。

ただ、時には知り合ったことで悲しみに包まれることもある。

僕らと出会い中国と出会い、上海で仕事を始めた美彗が事故で亡くなったのが今年の5月。初めて中国に行ったのが3月だからあまりにも短い時間だった。

 

それでも彼女はビジネスで成功するきっかけをここでつかんだし、大きなステージにも出ることができた。

幸せの度合いは秤で測れるものではないが、その時はきっととても充実感にあふれていたのだろう。

残された人たちの悲しみを空から見ているかもしれない。

 

そしてきっと今日のこの日。本当は彼女もこのステージに当然乗っていたと思う。

再会をした彼女は中国語で僕らに話しかけてきただろう。それを思うと残念で仕方がない。

メンバーみんなも同じ気もちだ。追悼の気持ちとして彼女とともにこの場にいることを考えることが僕らにできること。

そして安らかに眠りについてほしいと心から思うのだ。

 

 

ぼくらにも時間が無尽蔵にあるわけではない。今だからこそできることをできるだけやっていきたいと強く思う。

あわてることはないがゆっくりするほど悠長な生き方を選ぶ気はない。

なんだか気持ちが引き締る。がんばるよ。

僕らが存在する限りかかわった仲間のことも忘れない。

そしてそれはいつまでも語り継がれるはずだから。

 

中国のファーストフード?

昼に再度集合して昼食へ。ランチは近くの鳥のおいしい店に行く。

イメージ的にはファーストフードだが中国だとこうなるんだなという感じだ。

かなり美味

 

コラーゲンたっぷりで女子には大人気。

すっかり満腹状態でホテルに戻ると寺田恵子さんが到着していた。

今回、Show-yaのライブを昨日こなして今日入国。夜にライブで明日帰国というもっともハードなスケジュールで参加してくれた寺田さん。

せっかく来てくれたのだからいろいろ見てもらいたいがそれにしてもハードだ。

 

夜の本番のためにまずは休憩をしてもらう。そして、あっという間の16時ホテルを出発する。

リハーサルは17時から2時間。もちろん、サウンドチェクも含めてである。

リハなし当たり前の僕らだが今回はそうも言えない。最高のステージを見せる人たちだからある程度パーフェクトにしないといけないと思うと戦闘モードにおのずとなってくる。

MAO上海

 

セッティングから入って2時間。何度もいうがタイトであるというかタイトすぎる。

今回の会場のMAOは以前の場所から移転して結構大きな通り沿いに映っていた。いい感じ。

 

ステージも客席も広く、相当入る感じだ。いいね。すぐに準備をしてGYPSYQUEENのリハーサルも奇跡的にできた。

まあ、無理と思っていたのでラッキーだね。そして氏神さん、セッション、寺田さん、中野くんと続く。

セッションのリハーサル

 

最高のシンガーたちだからあとは僕らがうまく音を乗せればいい。そして、特に今回初めて上海でのステージを迎える寺田さんにはいい印象で上海でのスタートを切ってほしい。

そんな思いで気合も入る。進行についてはこばじゅんとviviちゃんが司会を担当。わかりきっている二人だから安心だ。

その間にもいろいろな準備が進む。

 

バックステージにもゆうきさんがついてくれた。彼は北京などでエンタメの制作をしているという。サバキも安心だ。

食事を済ませて会場に戻ればもう本番前だ。

あとは大勢のお客さんと和僑そして僕らのノリで決まる。

この強烈なコンテンツを生かすも殺すもバンド次第。

いい感じじゃないか。

盛り上がっていこう!

 

上海1

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2011/11/25
午前6時。昨晩遅かったのでちょっと辛いが先日のツアーから比べると結構余裕だ。

天気もよさそうな普通の金曜日の朝だ。7:05に自宅を出発し、7:45に豊洲から高速へ乗る。

特に混むこともなく8:25に酒々井のPAへ。ここで恒例の朝食はなくなったが、時間節約と健康のためだ。いいことだ。

ゆっくりと出発して8:45、成田空港第二ターミナルに到着。混んでいるかなと思ったがここもすいていた。

集合時間の8:50には勢揃い。チェックインをしてゲートに向かう。フライトは10:55なのだが搭乗時間が10:25になっている。ちょっと早すぎ?と思ったので聞いてみると今日は人数が少ないので集まり次第飛ぶからという。

そういうのありなんだな。ほんとかな?

 

実際に搭乗すると確かにすいている。機材はA330。61Aのシートは広々。CAさんに聞くと今日は120人くらいしか乗っていないという。

そして結局予定通り10:55MU272便は飛び立つ。フライト中は譜面と格闘。今回は僕らだけではなく氏神一番さん、サンプラザ中野くん、寺田恵子さんとの共演となる。

そのために覚えきれていない譜面を最終チェックしとかないと後でひどい目にあう。

 

ある意味ベトフェスからのリベンジだ。あの時は体調が悪く、つらい思いをした。今回はすべて万全の体制にしておきたいね。

 

快適なシートはなぜか時間も短く感じる。実際に短いけれどね。13時浦東空港に到着。2:55のフライトだった。

降りてみると日本よりちょっとだけ暖かい感じがした。上海はこのシーズンがいいね。

上海到着!

 

今は上海蟹の季節だしね。まあ、僕は食べないけれど。税関を抜けると今回の現地サポートのウーくんがいた。

日本語堪能。というか普通の日本の若者と一緒だ。天津出身なのであまり上海には詳しくないという。

13:55空港発。市内も来る度にきれいにそして快適になってくる。15時ホテル着。

昨年と同じきれいなホテルだ。ここでサンプラザ中野君と合流。

ホテルのオーナーと

 

 

初めての人もいるので市内へ向かうことにした。とりあえず豫園に行って定番の小龍包。

中国人も整列して並んでいるこのお店。聞くと地方からわざわざ食べに来るほどの人気という。

実際においしい。

ここ豫園は観光名所であり何度か来ているがなんていうんだろう?

お店が洗練されてきているというか一言でいうととても清潔になっている気がする。

豫園にて

 

一行は豫園をでて外灘に。なかなかタクシーがつかまらず結局歩いていくことにした。

外灘は最近何度か来たが工事中だったりしてたどり着けなかったところ。

 

2002年に写真を撮った場所に行きたかったので今回いけてラッキーだったりする。川向こうの景色は大きく変わってしまったが、東方明珠だけは変わらない。

以前の存在感は薄れたけれどね。

その後南京路に向かい、appleの大きさに驚いたり、やはり上海は大都会なんだなと感じさえられる。

もうここには混沌という言葉は似あわなくなってしまった。

絶景だね

 

南京東路で地下鉄に乗りホテルへ。1930に夕食を食べに去年いった店に向かう。つぶれていなくてよかった。

取りあえず普通の中華スタートだ。食後21時よりミーティング。

上海和僑会の懐かしい面々と再会だ。今回このコンサートに至るまでにたくさんのやり取りがあった。

 

特に今回は上海和僑会が中心なのでみな、恐ろしく忙しい。コミュニケーション不足も多々あり、本当にどうなるかと思っていた。

でも、そこはパワーある集団。最後の最後に追いついてそして今日を迎えた。

詳細打ち合わせも終わり予定通りであることを感じてひと段落。時間はまだ22時。みんなで近くの火鍋に行くことにした。

なじみの店へ

 

ちょっと入りにくい店だがまあいいだろう。店内に入ると、誰かが大暴れした後のような席をかたずけている。

どんな飲み方をしたんだ?入口にはナマズが泥の中から顔をのぞかせている。ちょっと怖いぞ。

恐ろしい火鍋臭も加わってDEEPさは広がる。ここでこばじゅんと打ち合わせ。

じっくり話したかったので有意義な時間となった。

火鍋は辛いというか不思議なスパイシーさで微妙だった。

初日で服だめになりました

 

お店をでて24:30.近くのマッサージに向かう。70分60元なので良心的な店だ。店員と仲良くなったのはいいがずっとしゃべりっぱなしだったのでマッサージが気もちよかったかはわからなかったのが残念だが、酒井も開始20分程度で眠りについていたので気持ちよかったのだろう。

 

2時にホテルに戻る。簡単に明日の流れを確認して就寝。

3時か。日本だと4時だ。丸一日起きていたんだな。

早く寝よう。

 

見聞の素晴らしさ

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出会いの連続で旅は幕を閉じる。いつもそうだ

 

帰国して数日。そして明日から上海だ。いつものように現地からメールを頂く。

回を 重ねることに僕のアドレス帳にはその公演地からのアドレスで膨れ上がる。

この一つ 一つの出会いが大切だし、それはなんの決め事ではないのだけれど、必ず再び会うこ
とができると確信的に思うのだ。

今回も有望な将来を持つ学生たちの人生をほんの少し変えてしまった。もちろん、い い方向にね。
変えてしまったというと上から目線のような気もするがそうではない。僕ら自身がも う思いっきり 影響され、変化をしている。

 

そのひとつの結果がこのツアーの継続に他ならない。

最近やめたお酒も、もともとお酒が飲みたいのではなく、みんなでいろいろな話をし たいからだったと 思う。

今ではすっかりシラフな自分と壊れていく朋友の中でしっかり会話を覚えてい る自分がいる。

 

Face to Faceの交流をするということはとにもかくにも時間がかかる。

本当なら出 会った人一人とも じっくりと一晩でも時間を費やしたい気持ちだ。それはできないのである程度集約的 な形になる。
それでも本当に多くのことを学んだ、吸収できた。時には耳に痛いことも含め。旅とはここまでも 人にとって栄養剤になるものであるのだということを痛感させられる。

 

いつもより移動が少なかった分だけ楽だった今回の旅。

どうしてだろう、半月前にはまったく知らなかった長沙、地球の歩き方で8ページく らいのことしか 知らなかった長沙が大好きになっている。

 

もちろん、今までたくさんの経験をさせて くれた各地についても 同様だ。

人間の脳のキャパシティはまだまだあるらしく、それを僕は受け止められ る。
最高に好きな場所が複数あることは決して不思議じゃない。
来週湖南料理の店に行くことにした。今までの人生で湖南料理というものを知らな かった。
でも、今ではそれが楽しみに変わる。そんなもんなんだよ。

 

明日からは上海。

もう何度目だろうか?

それでもきっとまた新しい何かを感じて帰ってくるに違いない。

 

明日から起きることをまた帰国したら綴ろうと思う。

 

長沙7

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最高の笑顔だね

2011/11/14。6時起床。

いつもと違うことは二日酔いではないこと。まあ、飲んでないからね。

 

7:00朝食を終え8時にロビーに向かう。すでに松永さんは来ていた。なんてタフなんだろう。

そして、ずっと笑顔でいる。この力はどどこから生まれているんだろうと本当に思う。バスに乗り込み空港へ向かう。

 

あっという間の4日間。もうすでに懐かしいくらいだ。空港までの1時間。名残惜しくて眠るのをやめた。

この街を、この言葉をもっと体に染み込ませたい。そう思っていた。

 

9時過ぎに空港につきチェックイン。ここから始まり、ここで終わる。

いつも空港はお別れの場所だ。松永さんと再会の約束をして搭乗口に向かう。

ありがとう長沙。ありがとう日中双方の実行委員のみなさん、ありがとう松永さん。

 

 

フライトはCA1344便 。広いゲートを抜けて搭乗口へ。バスに乗って搭乗機に向かう。10:45長沙を飛び立った。

いつもは怖いので目をつぶっているが今日は遠ざかる長沙の街をずっと見ていた。

湖南大学がどこにあるかはわからなかったが僕は昨日のあの場所を探していた。

 

 

機体は上昇し一路北京を目指す。ここでいろいろんさ整理作業を行う。この記憶が薄れてしまわぬうちに。

この時間はあっという間だ。2時間のフライトで13:00,北京首都空港に到着する。

 

ここでトランジットだが帰りは荷物がそのまま長沙から成田に向かうので積み下ろしがなく楽だったりする。

乗り継ぎ時間は3時間ほどあるのでとりあえずマッサージに向かう。

 

ここで驚くべきことに遭遇する。マッサージをしてくれるお兄さんとお姉さん。

いろいろな話をしていて僕がバンドマンであることGYPSYQUEENというバンドであることを話していた。

 

そこのおねえさんが「GYPSYQUEENみたことがあるよ」といったので、まあ100%うそだろうと思いつつ、「ありがとう、うれしいね」と適当に答えていた。

 

そうしてしばらくするとお兄さんのほうが自分の携帯を持ち出してきて写真を見せ始めた。

 

その写真は。。。。

2004年の僕らの重慶ツアーの記者会見の新聞のコピーだった!!!

 

 

 

「なんで?!」この人は日本が好きでGYPSY QUEENの新聞記事を持っていたという。

そして、昨年の北京での公演も見ていたというのだ。

狭い。

狭すぎる。

 

こんな所にもつながりがあったなんて。

 

あまりにもの驚きでマッサージが気持ちよかったかどうかはすっかり忘れてしまったがまたの再会を約束して店を出た。「相約北京!」と。

 

メンバーと合流してまずは興奮気味にその話を。

みんな当然驚いている。でも、いいよね。音楽がきっかけで新しい出会いがある。素晴らしいことだと改めて思う。

 

 

そして、CA421便、夕暮れの中タラップを上り僕らは日本に向かう。16:45北京を飛び立った。

 

第四章1幕はここで閉じることになる。
これだけ続けてきていても毎回新しい驚きを感じる。

それは世の中が進歩しているから当たり前かもしれない。過去にとどまっていては古くなるのは当然。

最先端の発展を遂げている中国と付き合おうと思えばそのスピード感に追い付かなければ始まらない。

今回もまた会いたい人が増えた。それも増殖的にたくさんの縁を作ることができた。

音楽が何かの役に立つことは誰しもがわかることだ。

そしてその力がものすごいことを僕らはよく知っている。

来年国交回復40周年を迎える日本と中国。

30周年の2002年とはすべてが変わっている。

時流に合わせたやり方でこの40周年に乗ろう。

そして、もっともっとたくさんの仲間とたくさんの絆を作っていこう。

 

小さな糸のコヨリはすでも十分に大きくなってきた。

待ってくれている人もどんどん増えてきた。

さあ、勢いをつけてまた会いたい人の所に会いに行こうじゃないか!

 

 

GYPSY QUEEN ROAD TO ASIA#31
2011/11/11-2011/11/14
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長沙6

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左所長と

16:10.この長沙日本祭りの最後を飾るステージが始まる。

前半は「勝利と奇跡」「カムオン」とつながるテンポの良いナンバーだ。

観客とのコミュニケーションもとれステージをすすめていく。

いつもの中国ライブと違うところと言えば日本語のMCがあるということくらいだろう。

 

オリジナルのバラード「シャンニー」は毎回歌詞を説明してから歌っている。

以前、中国でカバーばかりやっていた時、スタッフの女性から「あなたたちのオリジナルで中国語の歌を歌えるようにならないとね」と言われた。

そして出来上がったのがこの曲。毎回非常に好評である。

 

しのんの着替えの合間にメンバー紹介。バンドの間合いの取り方に問題が多少なりともあり課題点が残ったが、ステージの上で自分たちも楽しんでいく事ができればもっとお客さんも楽しいに違いない。

そう思って毎回ギャグ部門を担当するバックの3人だ。そして今回、急きょ生まれたパンダ企画。

初日に好評だったのでこの日も実施。ただ、ステージも大きく交流会的にやるには無理があるのでステージトークのような形にした。

陳君が通訳としてサポートをする。陳君のテンションが高く、ものすごく盛り上がっている。いいね。

きっと彼も今回の出会いで何か変わったことがあるかもしれない。人と人がかかわり化学反応を起こしていく事はとても意味があることだ。

 

そして、後半。定番の曲で盛り上げる。客席に飛び出ししのんがあおる。体力勝負だ。

そして、四川民謡「康定情歌」を終え僕らのステージが終わる。

 

すぐにフィナーレ。最後なので交流をしたいということで大学の先生に協力してもらって「朋友」を一緒に歌った。

先生がものすごく喜んでくれた。人の笑顔を見るのは気持ちいいものだ。

最後に今日出演した人たちもみんなステージに上がってもらう。最後はともに分かち合いたいからね。

 

そして「相信愛」。四川地震のチャリティコンサートの時に必ずこの歌を歌っていた。

今年三月の地震の直後の貴州では日本のために貴州大学のみんながこの歌を日本のために歌ってくれた。

今日は日本の地震の被災者と四川地震の被災者の双方に伝えたい。

その思いで全員で歌う。

 

陳君、蓉ちゃんも参加。もちろん、彼らもこうしてバンドで歌うのは初めてだろう。

何事も経験だ。一つやってしまえばその次の扉が見えてくる。留まるよりも前に進む人生をこれからも送ってほしい。

 

 

17:20すべてのプログタムが終了した。

ぼくらは頑張れただろうか?大勢の笑顔の中、たくさんの記念写真が大丈夫の言葉をかけてくれる。

コスプレをした学生たちと会話をする。

「大好きです!またきてください!」

 

今日本と中国はまた一つ近くなったのだと思う。

すべてはこんな小さなことから始まるんだ。それは本当なんだ。

 

18:30.ホテルに戻りすぐにパーティ会場へ300人を超える大宴会。

ここでも乾杯と今日の出演者たちのショウは続く。

松永さんはここでも進行を切り盛りしている。何よりも満面の笑顔だった。僕はほっとした。

一番応援してくれたこの人に喜んでもらいたかった。それはメンバー全員の想いでもあった。

 

 

楽しい宴席は続く。実はお酒が強い(ということが発覚した)蓉ちゃんは一気飲みをしていた。

ちなみに中国で一気は「一口(イーコゥ)という。お酒用語だけはわかるmasaoもしっている中国語だ。

 

最後に「月亮代表我的心」を左所長と一緒に歌う。

音楽による交流の素晴らしさはここにあると思う。宴席は中締めとなりみんなの充実感と来年の再会を約束して散会する。

 

陳くんと蓉ちゃんともここでお別れだ。素晴らしい二人。みんなは才能ある中国人を知っているか?時を重ねる度に強く思う。

日本は大丈夫か?そして一人でも多くの日本人にこの現実を知ってほしいと思う。

 

「日本は素晴らしい国」といってくれる中国の学生に誇れるものを日本はこれからそう生み出していくか、そしてそのために相手を知ることは本当に急務であると思う。

 

大学の郭先生にも非常に評判が良くて来年の公演についてのオファを頂いた。

僕らのやり方がすべて正しいわけではない。

でも、僕らは僕らの経験の中、今のやり方をつくりだし、それを中国各地で展開してきた。

その方向が間違ってなかったということなんだろう。率直にうれしいね。

そして更なる満足度を追及して頑張っていきたいと思った。

 

 

部屋にもどり反省会。映像を見ながら思い思いの言葉を述べる。今回はものすごくチームワークの良い一団だった。

初参加のTさんもこのハードなスケジュールの中、ついてきてくれたばかりか遊軍にDHにフル活躍してくれた。

いつもの6人はまさに鉄壁の6人で普通じゃないことを普通にこなしていく事が出来た。この7人。すごいぞ。

そしてまさにチーム長沙であった陳君、蓉ちゃん。この2人を含めて9人。サイボーグ009.いやアストロ球団。

なんにしても9人のパワーで乗り切ったのだ。

 

本当にありがとう。そしてまた会おう!

 

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